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第31章:死神の三発、あるいは絆の証明

読んで頂いてありがとうございます。

本日2話投稿になっておりますので、先に31章をお読みくださいませ。

拙作ですが今後ともよろしくお願いいたします。

隠れ里の入り口。巨木の根元に鎮座する深緑の巨神、『シュトルム・ディガー』が、その長い脚部スパイクを地中深くへと打ち込んだ 。ズズ、と大地が震える。それは、これから放たれる「暴力」を受け止めるための、鋼鉄の覚悟の音だった 。

 だが、ギリアスはすぐには引き金を引かなかった。彼は機体のマニピュレーターで無造作に新しい葉巻を取り出すと、その紫煙をくゆらせながら、カグツチを見据えた。

『……坊主。お前、その「赤いガラクタ」が何だか分かってて乗ってるのか?』

 機体の外部スピーカーから漏れる声は、いつになく重い 。カイはコクピットの中で、心臓の鼓動が早まるのを感じていた。

「……古代遺物レガリア……カグツチ。バベルの底で眠っていた、俺の、相棒です」

『相棒、か。……甘いな』

 ギリアスは鼻で笑うような音を立て、巨大な対物ライフル《グレイブ・ディガー》をゆったりとした動作で水平に構えた 。その銃口は、迷いなくカグツチの胸部――リトが眠る中枢へと固定される 。

『数千年前、こいつが「完全体」だった頃……こいつはたった一機で、一つの文明を「物理的」に消滅させた 。マナを拒絶し、世界の因果を書き換える 。それは「救済」じゃねえ。既存の理に対する「冒涜」だ 。だから俺ら守護者の一族は、その強大な力が再び世界を壊さないよう、右腕を切り離し、数千年にわたってこの聖域に封印し続けてきたんだよ』

 ギリアスの語る言葉は、リトという存在の根源的な恐ろしさをカイに突きつける 。隣で実体化しているリトの輪郭が、不安げに揺れた。

『今、お前の隣にいるその「魂の欠片リト」は、いわば安全装置だ 。不完全だからこそ、彼女は「人」に近い心を持っている 。だが、右腕が戻り、演算能力が完全に復旧したとき……そいつは「兵器」としての本能を取り戻す 。そのとき、彼女の心は、お前の知っているリトのままいられると思うか?』

「……そんなの……」

 カイの喉が鳴る。リトを失う。それは、すべてを失い「不具合」として捨てられたあの日に戻るよりも恐ろしいことだった 。だが、リトはカグツチのメインモニターを強く点滅させ、震えるカイを鼓舞するように言い放った。

『……ギリアス。あなたの言いたいことは分かったわ。でも、私たちは止まってなんかいなかった! 私たちの絆が、そんな過去の設計図に負けるはずがないわ!』

 リトの力強い言葉に、カイは震える拳を握りしめた 。過去がどうあれ、兵器としての本能がどうあれ、自分を救い上げてくれたこの「熱」だけは、何者にも否定させない。

『……なら、証明してみな 。お前の「心」が、カグツチの「本能」を上回るだけの質量を持っているかどうかを 。三発だ。これから俺が掛け値無しの三発の銃弾をお前にぶちこむ』

『シュトルム・ディガー』の複眼が緑に輝く

『凌げなければ、お前はここで死に、カグツチは永遠にこの森の錆になる』

 ギリアスが、静かに引き金に指をかけた 。その瞬間、森の空気が物理的な圧力を持って凍りついた。

『……いくぜ、坊主。……これは、お前を「正解」へ導くための洗礼だ 。まず一発目……お前の「技」を測らせてもらう。第一射!』

 ズドォォォォォンッ!!

 マナの輝きなど一切ない。ただの火薬の爆発力が、数キログラムの鉛の塊を音速の数倍へと加速させる 。それは「弾道」という名の、一本の絶対的な死線 。

「――っ、リト!!」

『分かってる! 回避不能、物理演算――計算が追いつかない!』

 カイの「神童の眼」が、空気の断裂を捉える 。だが、見えていても身体が動かない。ギリアスの弾丸は、帝国の魔導演算が弾き出す「予測範囲」を嘲笑うように、純粋な物理の正解を最短距離で射抜いてくる 。

(……っ! 逃げ場のない「重さ」だ……!)

 カイは恐怖を、カグツチの歯車を回す熱量へと変換した 。右脚の K-Link を、骨が軋むほどに最大出力で踏み込む 。右腕を欠いた機体が、不自然なまでに大きく左へと傾き―― 。

 ガギィィィィィィィン!!

 激しい火花と、鉄が削れる音が静寂を切り裂いた 。シュトルム・ディガーの第一射は、カグツチの右肩装甲を掠め、背後の巨岩を粉々に粉砕した 。

『……ほう。……避けたか 。今の「物理」を、その欠陥品でな』

 ギリアスの声に、微かな愉悦が混じった 。だが、彼は間髪入れずに巨大なボルトを引き、新たな弾丸をチャンバーへと送り込んだ 。

『……第二射。……次は、お前の「体」……その不自然な歩みを、止めてやる』

カラン、という巨大な空薬莢が地面を打つ音が、カイの耳には爆音のように響いた。

 右肩から立ち昇る白煙。装甲を僅かに掠めただけで、カグツチの機体全体が痺れるような振動に支配されている。

(掠めただけで……これかよ……!)

 カイは、右脚の K-Link を通じて伝わるフィードバックに冷や汗を流した。今の第一射は、ギリアスが「避ける隙」を与えたものだ。だが、次の宣言は違う。

『……第二射。……次は、お前の「体」……その不自然な歩みを、止めてやる』

 ギリアスの指が、再び冷徹に引き金へと添えられる。

 カイは、彼が狙う「体」の意味を即座に理解した。

(俺の……右足。あるいは、リトとの同調システムそのものか……!)

 カイの右足は、あの日砕かれ、今は黒鉄の義足と K-Link によって「歩み」を繋ぎ止めている。

 ギリアスは、その「無理やり繋ぎ止めた不自然さ」を、物理的な質量で粉砕しに来る。

『カイ、くるわよ! 今度は機体出力だけじゃ足りない。……わたしの演算の一部を、直接あなたの神経系に流し込む!』

「……っ、やってくれ! リト!!」

 コクピット内に、火花が散るような電子の奔流が溢れた。

 リトの実体化した影が、カイの背後から重なるようにして彼の腕と脚を包み込む。

 カイの視界が、一瞬にして極彩色へと染まった。

「――っ、熱いな、リト……!」

『我慢して。……これが「兵器」の本能に近い領域よ!』

 シュトルム・ディガーの銃口が、再び火を吹いた。

 ズドォォォォォンッ!!

 第一射を上回る衝撃波。今度の弾丸は、直進ではない。

 聖域の地表に剥き出しになった巨木の根に当たり、「跳弾」となって斜め下からカグツチの右脚――すなわちカイの「歩み」の急所を抉りに来る!

「……そこかぁぁぁ!!」

シュトルム・ディガーの銃口から放たれた第二射。それは、カイの「神童の眼」ですら予測し得ない、物理的な罠だった。

 弾丸は最短距離を直進せず、カグツチの足元に剥き出しになった巨木の根――鉄よりも硬く変質した千年の結晶――へと着弾した。

 ギャリィィィィィィィン!!

 凄まじい火花と共に、弾丸は「物理的な正解」を描いて跳ね、下角からカグツチの右膝――すなわちカイの義足と同調する K-Link ユニットを狙い撃つ。

「跳弾……っ!? こいつ、地形の硬度まで計算してやがんのか!」

『カイ、来るわよ! 義足の強度が持たない!』

 リトの悲鳴が聞こえるのと同時、カイの視界にノイズが走った。

 リトが強制的に流し込んできた「兵器の演算」が、カイの神経系を焼き、全身を貫くような熱へと変わる。

 それは、機体が「歩きたい」と願う意志と、カイの肉体が「壊れたくない」と拒絶する本能が激突する、おぞましいまでの全感覚同調だった。

「――が、あああああああッ!!」

 カイは絶叫と共に、右脚を強引に踏み抜いた。

 逃げるのではない。あえて跳弾の軌道に、K-Link の出力全開となった義足を「叩きつけた」のだ。

 ドガァァァァァァンッ!!

 爆圧がカグツチの右脚を襲う。

 黒鉄の義足が悲鳴を上げ、結合部のボルトが数本、火花を散らして弾け飛んだ。だが、カグツチの右脚は、その「不自然な歩み」を止めることなく、爆風を切り裂いて地面を掴み直した。

『……ほう。……逃げずに、自ら「理」をぶつけに来たか』

 土煙の向こう側。ギリアスの声には、もはや退屈そうな色は微塵もなかった。

 シュトルム・ディガーのモノアイが、深い霧を貫き、カグツチの深紅の装甲を捉える。

『……「不具合」を誇りに変えたか。……だが、坊主。次は最後だ。……「技」を凌ぎ、「体」を通した。……なら、その最後に残った「魂」……そいつを失っても、お前は右腕を掴むか?』

 ギリアスが、巨大な対物ライフルのボルトを引き、最後の弾丸を装填する。

 これまでの弾丸とは違う、鈍く黒い光を放つ**「魂を測る一発」**。

『……言ったはずだ。力を掴めば、その隣のリトは消える。……それが守護者としての、最後の「正解」だ』

「…………リト」

 カイは震える手で、レバーを握り直した。

 右脚の感覚はもうない。神経系を焼く熱量だけが、彼を現世に繋ぎ止めている。

 隣で揺れるリトの影。彼女は、悲しげに、けれど慈しむような微笑みをカイに向けていた。

『――いいわよ、カイ。……わたしを、撃たせてあげて』

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