第28章:深緑の行軍、あるいは静かなる布陣
モスサイド駐機スペース。
ガンドック号のハッチが開かれ、森の深部へ挑む「探索組」が姿を現した。
先頭を行くのは、深紅の装甲を鈍く光らせるカグツチ。右腕を欠きながらも、その佇まいは森の緑を圧するような威圧感を放っている。その後ろには、ベッキーの駆る四脚機ラッド・スパイダーが、複雑な地形を想定した軽快な足取りで続いた。
そして、二機のギアに守られるようにして、シエラとロキが乗り込んだG-スキフが浮上する。
「……バルガス。留守は頼んだわよ」
スキフの助手席から、シエラが通信を送る。
「ああ、分かっている。こっちはテツカブラとナッツ、ガストンがいるんだ。例え帝国の中隊が攻めてこようが、この『鉄の箱』に傷一つ付けさせやせん。……お前たちは、確実に『右腕』を回収してこい」
駐機スペースにどっしりと構えるテツカブラのコクピットから、バルガスの力強い声が返った。
「ヘヘッ、任せとけって! ……おいカイ、カグツチの調子が悪くなったらすぐ言えよ。スキフに予備のパーツは積み込んであるからな!」
ロキが工具箱を叩きながら笑う。その隣には、カイの生体反応に寄り添うようにして、実体化したリトが静かに座っていた。
『……カイ、準備はいい? 私の感覚では、遺跡の結界はこの先数キロ地点から始まっているわ。……マルク、案内をお願い』
「はい。お任せください、リトさん」
スキフの操縦桿を握るマルクは、相変わらず非の打ち所のない「誠実なガイド」の顔で微笑んだ。
「遺跡までのルートは、ラッド・スパイダーなら十分に通行可能な幅を確保してあります。カグツチさんの機動性なら、問題なく追従できるでしょう」
こうして、ガンドック号は「最強の盾」である重量級部隊を残し、精鋭による「最速の矛」を森の奥へと突き出した。
◇
行軍は順調だった。
巨大な樹々の間を、カグツチとラッド・スパイダーが交互に索敵しながら進む。
時折、森の獣たちが姿を見せるが、二機のギアが放つ威圧感に気圧され、襲いかかってくる気配はない。
「……ねえ、マルクさん。あなた、本当にこの辺りに詳しいのね」
シエラが感心したように、端末の地図と周囲を照らし合わせる。
「私のデータにはない古い参道……。これなら確かに、帝国の包囲網を完全に避けて通れるわ」
「ええ。3年かけてこの森を歩き回りましたから。……この先に、かつての巡礼者が使っていた『沈黙の回廊』と呼ばれる谷があります。そこを抜ければ、遺跡は目の前です」
マルクの言葉に、クルーたちの緊張がわずかに和らぐ。
だが。
カグツチのコクピットで、カイは微かな違和感を感じていた。
「神童の眼」が捉える森の景色。あまりにも「綺麗すぎる」のだ。
(……敵がいない。……帝国軍が、この重要なルートを完全に見逃しているなんてことが、あるんだろうか?)
そんなカイの懸念を余所に、スキフはマルクの導きに従い、深い霧に包まれた「沈黙の回廊」へと足を踏み入れていく。
その頃。
モスサイドの入り口。酒場『古木の洞』の屋根の上。
ギリアスは、ボロボロのポンチョを風になびかせ、愛銃のスコープを覗き込んでいた。
その視線の先には、森の奥へと消えていく探索組の、小さな、けれど確かなマナの残光があった。
「……全機発進、ね。……『盾』を置いて『心臓』を差し出す。……戦術としては満点だが、相手が悪ぃな」
彼は懐からシケた葉巻を取り出し、ゆっくりと火をつけた。
紫煙が、湿った森の空気に溶けていく。
「……おい、婆さん。……準備はできたか? ……ああ。……『幽霊』どもが、食卓を囲んで待ってるぜ。……あー、めんどくせ」
狙撃手は、一度だけ大きな欠伸をすると、その姿を森の闇へと消した。




