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第3章:不協和音の戦場(ストラグル)


 この大陸には、かつての神話時代に分かたれた「七つの王国」が、互いの喉元に刃を突きつけ合いながら存在している。

 カイたちが今いるのは、大陸中央部に位置する軍事大国『神聖アルカディア帝国』の辺境。この世界最大の版図を誇る帝国は、古代遺物を独占することで他国を圧倒し、周辺の小国――緑豊かな騎士の国『エリュシオン』や、魔導技術の粋を極めた『レムリア』――を次々と圧迫していた。

 その七国のパワーバランスを揺るがす「運び屋」として、荒野を駆けるのが傭兵団『ガンドック』だ。

 彼らは特定の国に属さない。保有する機体はわずか数機だが、その腕利きぶりは、隠密国家『シノビ』から砂漠の通商連合『カラバン』まで、七国全土にその名が届くほどだった。

 だが、そのガンドックが今、かつてない焦燥に包まれていた。

「……ったく、たかが運び屋の仕事にしては、お釣りが来すぎるわね」

 移動要塞ガンドック号のブリッジで、シエラが不機嫌そうに端末を叩く。今回の依頼主は、帝国の拡大を危惧する北方諸国連合の一角。運び出す荷は、帝国の『聖域』から盗み出された古い石版――失われた神話の機体『カグツチ』の起動キーだ。

 それがもたらす力は、七国の均衡バランスを一夜にして崩壊させる劇薬だった。

「帝国軍、特務高速機甲小隊『猟犬ハウンド』……。連中、国境を越えてまで追ってきてる。石版を奪い返すためなら、七国協定を破ることも厭わないつもりよ」

 シエラの警告と同時に、船体が大きく震えた。直撃こそ免れたものの、帝国の最新鋭機が放つ魔導弾の衝撃が整備デッキを襲う。

「ロキ! まだか! 脚が動かなきゃ、このデカブツ(ガンドック号)のケツを護れねえぞ!」

 デッキでは、団の主戦力であるバルガスが、愛機『テツカブラ』のハッチを力任せに叩いていた。テツカブラは本来、信頼性の高い名機だ。しかし、今回の「石版」を積み込んで以来、船内を循環する魔力マナの波形が狂い、各国のパーツを寄せ集めて改造された機体各所に異常な負荷がかかっていた。

「うるせえ! バイパスの魔力圧が安定しねえんだよ! こいつ、石版の魔力に当てられてやがる!」

 ロキが必死にレバーを操作するが、テツカブラの脚部からは「ギギギ……」と、金属が悲鳴を上げるような不快な音が響いている。

 その光景を、カイは床に這いつくばったまま見ていた。

 投げ出された松葉杖、鼻を突くオイルの匂い、飛び散る火花。

 視界が白く爆ぜ、不意に一年前のあの瞬間がフラッシュバックする。

 ――決勝戦、最後の一撃。

 踏み込んだ右足。その内側で、金属がへし折れるような、取り返しのつかない音がした。

 パキィィィン、という、自分という存在が「終わった」音。

「……ぁ……」

 目の前のテツカブラの脚部。

 ロキが無理に圧力を上げようとするたびに、関節の奥から、あの日と同じ「絶望の予兆」が聞こえてくる。

 一条家で「神童」と呼ばれたカイの耳と眼が、異常なまでの解像度で鋼鉄の悲鳴を捉えていた。

(止めて……。そのまま動いたら、その足は……僕と同じになる)

 バルガスがレバーを引き、機体を強引に踏み出させようとする。

 その瞬間、カイの中で恐怖が爆発した。

「――止まって、バルガスさん!!」

 カイは喉が裂けるほどに叫んでいた。

「右だ! 右の膝を、今すぐ解放して!! 魔力がそこで逆流して、中で死にかけてる!!」

 通信機越しに響いたカイの悲痛な叫びに、バルガスは息を呑んだ。

 名もなき亡命者の少年の言葉だ。だが、その声に含まれた圧倒的な「真実味」に、歴戦の傭兵の直感が吠えた。

『……っ、信じるぜ、坊主!』

 バルガスが緊急パージバルブを蹴り飛ばした。

 プシュゥゥゥッ!!

 膝関節から白煙となって、過剰な魔力が一気に噴き出す。

 その刹那――。

 死角から放たれた帝国機の熱線が、テツカブラが「直前まで立っていたはずの場所」を真っ赤に焼き払った。

 魔力が抜けて機体が沈み込んだことで、本来なら必殺のタイミングだった帝国の初撃を、紙一重でかわしたのだ。

「……え……?」

 カイは、泥だらけの床に突っ伏したまま、自分の震える手を見つめた。

 自分の叫びが。自分のこの「呪われた古傷」から得た感覚が。

 七国の争いが渦巻くこの恐ろしい世界で、初めて誰かの命を繋ぎ止めた。

「……へっ、マジかよ。あんた、何者だ?」

 ロキが、茫然とモニターを見つめて呟く。

 荒野へ躍り出たテツカブラは、一転して安定した挙動で敵機を迎え撃つ。

 激しい戦乱の音、爆鳴、火花。

 そのすべてが遠のく中、カイの耳には、自分の心臓の鼓動だけが大きく響いていた。

 

 自分はまだ、ここにいる。

 何もかもを捨てて逃げてきたこの場所で、僕はまだ、「役割」を持てるのかもしれない。

 ――だが。

 その小さな希望が、この直後、魔力という「この世界の法則」によって粉々に打ち砕かれることを、今のカイはまだ知らなかった。

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