リバースサイド:第一章:「転生」
次に俺の自我が目覚めたのは、豪奢なベッドの上だった。
高い天井には、職人の執念を感じさせるほど精緻な彫刻が施され、窓からは心地よい冬の風が、雪の香りを伴って吹き込んでいる。
俺の名前は、ユーゴー・フォン・シュバルツ。
神聖アルカディア帝国領、北東部を守護するシュバルツ辺境伯家の嫡男。
……けれど。
今の俺の頭蓋を内側からかき乱しているのは、その高貴な名ではない。
黒城勇吾。
あの日、中学剣道の頂点を決める舞台で、自らの手で親友を壊し、その後の色褪せた世界で無様に死んだ、一人の少年の記憶だ。
トラックのヘッドライトが網膜を焼いた刹那、俺の意識は確かに闇へと沈んだ。
あの時、俺は願ったはずだ。もし、やり直せるなら。もし、あの「パキィィィン」という氷が砕けるような絶望の音を、別の音で塗り替えられるのなら――。
その渇望が、次元の壁を食い破り、この「ユーゴー」という器へと俺を導いたのだろうか。
「ユーゴー様……? お加減はいかがですか?」
傍らで心配そうに顔を覗き込んできた乳母の姿に、俺は自分の手を視界に入れた。
……驚くほど、小さい。
白磁のように滑らかで、ぷにぷにとした、まだ竹刀の重みも知らない四歳の子供の手。
だが、その掌には、かつて死ぬ物狂いで振り抜いた何万回、何十万回という素振りの感触が、幻影のように刻まれていた。
熱を出して数日寝込んでいたユーゴーとしての幼い記憶。
そこに、黒城勇吾としての十六年間の後悔と武人の魂が、濁流となって統合されていく。
自分が帝国の辺境を守る一族の長子であること。この世界にはマナという神秘が、そして魔導鎧という鋼鉄の巨人が存在すること。
それらの情報が、前世の記憶というフィルターを通し、「力」を求める俺の芯を熱く焦がしていく。
(……四歳、か)
俺は震える手で、ベッドの脇に置かれていた、精巧だが軽い木製のおもちゃの剣を握りしめた。
前世での俺は、恵まれた体格に甘んじ、お山の大将として天狗になっていた。その慢心が、あの日、一条魁という本物の『天才』の領域に踏み込もうとしたとき、俺の技と心を破綻させた。
「強くなれ」という彼の言葉を、俺は呪いにしてしまったんだ。
だが、今の俺は知っている。
体格という「天賦」に、どれほどの「研鑽」を積めば、あのコンマ数秒の世界に手が届くのか。
四歳から始められるなら、俺は、俺自身を超えられる。
「ユーゴー様……? お、お一人で立ち上がるのはまだ……っ!」
驚く乳母をよそに、俺はふらつく足取りでベッドから這い出した。
地面に足をつけた瞬間、膝が笑い、視界が揺れる。
四歳の身体はあまりにも脆弱だ。肺は小さく、筋力は無きに等しい。
けれど、床を踏みしめるこの感覚、足の裏から伝わる重心の移動――その一つ一つを、俺の魂は「正解」へと導こうとしている。
(今度は、折れない。誰にも、俺の大切なものを壊させはしない。……たとえ、運命がそれを許さなくてもだ)
窓の外を見れば、そこには万年雪を戴く峻険な山脈が、まるで俺を試すように屹立していた。
ここは戦場の最前線。甘えなど許されない、帝国の最強の盾たるシュバルツの地。
前世の勇吾が持っていたのは、ただの竹刀だった。
だが、今の俺の目には、この世界の魔導工学が、そしていずれ乗り込むであろう魔導鎧が、かつて届かなかった「物理の正解」を掴むための新しい武器に見えていた。
「剣を……。父上、僕に、本物の剣を教えてください」
駆け込んできた父、シュバルツ辺境伯に向かって、俺は四歳の子供とは思えぬ、低く、重い声で言った。
薄紫の瞳に宿る、老成した武人の光に、父は一瞬だけたじろぎ、そしてその奥に眠る途方もない「覚悟」を認めたように、深く頷いた。
この日から、シュバルツ領の歴史が変わり始めた。
まだ夜も明けぬ極寒の雪原で、小さな身体を震わせながら素振りを繰り返す少年。
血を吐くような鍛錬を「遊び」だと言い切り、魔導演算の補正を拒絶して、自らの肉体だけで魔導鎧を制御しようとする狂気。
「努力の天才」――。
後に人々がそう呼ぶユーゴー・フォン・シュバルツの、一二年に及ぶ、地獄のような自己研鑽の幕が上がった。
(見ていてくれ、カイ。たとえ違う世界に居ようとも俺は、お前を超えるだけの『最強』になってみせる)
朝焼けに染まる雪原で、俺は木剣を真っ直ぐに正眼に構えた。
黄金の陽光が、白銀の髪を、そして前世から引きずってきた長い、長い孤独の影を照らし出していた。




