幕間:鋼鉄のファッションショー、あるいは真のエピローグ
「ねえカイ、聞いてる? ここ、オイル臭すぎない?」
ガンドック号の格納庫。
整備用のデッキブラシで床を磨いていたカイの背中に、不満げな声が降ってきた。
振り返ると、カグツチの肩の上に座っていたリトが、プイと頬を膨らませて空中に浮遊してくる。
着地と同時に、彼女の姿がノイズのように揺らぎ――。
一瞬で、その衣装が「真っ白なフリルのついたゴシック・ロリータ」へと書き換わった。
『どう? 今日のテーマは「深窓の令嬢」よ。この薄汚れた鉄屑船には、私みたいな高貴な華が必要だと思わない?』
リトはスカートの裾をつまんで優雅にターンを決める。ふわりと広がるレースは、実体化しているため空気抵抗を受けて揺れるが、当然汚れ一つない。
カイはブラシを止めて、まじまじと彼女を見た。
「……うん、似合ってるよ。でも、そのヒラヒラ、整備の邪魔にならない?」
『無粋! カイのバカ! 演算不足!』
リトはカツカツとヒールを鳴らして(音も合成だ)、カイの目の前まで詰め寄ると、挑発するようにその顔を覗き込んだ。
『あんたねえ、私が何のために、わざわざ貴重なメモリ領域を割いてファッション誌のデータを解析してると思ってるの?』
「えっと……リトの趣味?」
『ち・が・う・わ・よ』
リトは悪戯っぽく唇を尖らせると、再び指をパチンと鳴らす。
シュンッ。
今度は、ボディラインを強調した、スリットの深いチャイナドレス姿に変わった。
大胆に露出した白い太腿(ホログラムだが、カイの近くなので触れるし温かい)を見せつけるように、彼女はカイの肩に腕を絡ませる。
『……カイの心拍数、上げてもらうためなんだけど?』
耳元で囁かれる甘い電子音声。
ふわりと香るはずのない桃の香りが、脳内に直接錯覚として送信される。
カイの顔がみるみる赤くなるのを見て、リトは「勝った」とばかりにニシシと笑った。
『あはっ! カイったら顔真っ赤! ちょろい、ちょろすぎるわよマスター!』
「う、うるさいな……! 急に変な格好するからだろ!」
『変な格好とは失礼ね。これは黄金時代の東方文化圏における正装よ。……で? どっちが好み? さっきの「清楚」と、今の「セクシー」』
リトはカイの胸板を人差し指でツンツンしつつ、上目遣いで答えを迫る。
そこへ、下からロキの怒鳴り声が響いた。
「おーい! 上でイチャついてるバカップル! そろそろ照明落とすぞ! 節電しろ節電!」
『あら、ロキったら嫉妬? 仕方ないわねえ……』
リトはため息をつくと、カイから離れ、三度目の変身を行う。
今度は、大きめのニットセーターに、チェックのミニスカート、そして黒タイツという「カジュアルな冬服」だ。
『……ねえ、カイ』
「ん?」
『次の街に着いたら、私の服、買ってよね』
「え? でもリト、データでいくらでも着替えられるじゃないか」
『違うのよ!』
リトは少しだけ頬を赤らめ、もじもじと指を絡ませた。
『……データじゃなくて、「カイが選んでくれた服」を、物理的に着てみたいの。……そしたら、もっとカイの近くにいられる気がするでしょ?』
その言葉は、いつもの毒舌やからかいとは違う、等身大の少女のような響きを持っていた。
カイは一瞬きょとんとして、それから柔らかく微笑んだ。
「……わかった。約束するよ。一番似合うやつ、探そう」
『ふふん、言質とったわよ! 覚悟しておきなさい、私のセンスを満足させるのは大変なんだから!』
リトは嬉しさを隠すように、またカイの背中に飛びついた。
薄暗い格納庫。
鉄と油の臭いの中で、お洒落な幽霊の少女は、今日一番の笑顔でクルクルと回ってみせた。




