幕間:鉄の膝、あるいは凡才の魔術
ガンドック号の整備ドックは、深夜になっても溶接の青白い光が瞬いていた。
「……くそっ、また反応しねえ!」
ロキが、高価な白い部品を床に叩きつける音が響く。
それは、一般市場で流通している医療用の《マナサポーター》。本来なら、装着者の微弱なマナを感知して関節の動きを補助し、歩行を助ける魔法の義足だ。
「帝国の最新鋭だろうが、教国の祝福付きだろうが、全部ゴミだ! カイの野郎には、何の役にも立ちやしねえ……!」
ロキはオイルにまみれた手で髪をかきむしった。
カイの右膝は、粉砕骨折の後遺症でボロボロだ。普段は松葉杖が欠かせない。この世界には魔法という便利な治療法があるが、それは「マナを持つ人間」にしか機能しない。
マナを持たない「バイアス・ゼロ」のカイにとって、世界中のあらゆる医療魔導具は、ただの重たいガラクタだった。
「……どうしたの、ロキ。そんなに荒れて」
タラップから、松葉杖をついたカイが降りてくる。
「カイ……。いや、なんでもねえよ」
ロキは慌てて散らばった残骸を隠そうとしたが、カイはそれを見て苦笑した。
「また、僕の膝のことを考えてくれてたのか。いいよロキ、松葉杖には慣れてる」
「俺が嫌なんだよ!」
ロキが食って掛かる。
「お前がカグツチに乗る時、どれだけ無理してるか知ってるのは俺だけだ。……あのデタラメな機動に耐えるには、今の膝じゃいつか限界が来る。それに……」
ロキは悔しそうに唇を噛んだ。
「お前が松葉杖なしで、地面を踏みしめてるところが見てえんだよ」
沈黙が落ちる。
ロキの視線が、ふと整備中のカグツチに向けられた。
数千年前の遺物。マナを使わず、物理法則のみで神のごとき出力を生み出す鉄の巨人。
「……待てよ」
ロキの瞳に、整備士としての狂熱が宿る。
「マナがねえから動かねえ? ……なら、マナを使わなきゃいいだけじゃねえか」
彼はカグツチの剥き出しになった関節フレームに飛びついた。
「こいつの駆動系は、マナ信号じゃなく『物理的な圧力』と『電気信号』で動いてる。……このマイクロ・アクチュエーターの構造を縮小して、お前の膝の『バネ』代わりにできれば……!」
そこからのロキは、寝食を忘れて作業に没頭した。
カグツチの予備パーツから極小の油圧シリンダーを削り出し、ジャンク山から拾った旧時代の衝撃吸収ダンパーを組み合わせる。
繊細で優美なマナサポーターとは対極にある、無骨で、配線が剥き出しの、鉄と油の塊。
「できたぞ、カイ! ……名付けて『K-Link試作一号』だ!」
数日後。
カイは作業台に座り、ロキが作った黒鉄のサポーターを右足に装着していた。
重い。だが、不快な重さではない。まるで新しい筋肉が外付けされたような、頼もしい密度だ。
「いいか、そいつはマナなんか読まねえ。お前の太腿の筋肉の収縮と、足裏にかかる荷重移動をセンサーが拾って、油圧で膝を強制的にサポートする。……言ってみれば、カグツチの腕をお前の足に移植したようなもんだ」
「……行けるかな」
「行け。俺の腕を信じろ」
カイはおずおずと作業台から腰を浮かせた。
右足に体重を乗せる。いつもの激痛が走る――その寸前。
プシュッ、ウィィン。
微かな排気音と共に、サポーターのシリンダーが伸縮し、カイの体重を物理的に支えた。
骨にかかるはずの負荷が、鉄のフレームへと逃げていく。
「――あ……」
カイは、松葉杖を手に持ったまま、両足で大地に立っていた。
痛みはゼロではない。だが、足が震えていない。
自分の意思で、地面を掴んでいる感覚がある。
「……すげえよ、ロキ」
カイが顔を上げる。その瞳が微かに揺れていた。
「立てる。……松葉杖なしで、立てるよ」
「へっ、当たり前だろ! 魔法使い共には真似できねえ、俺たち『ジャンク屋』の意地だ」
ロキは鼻の下を指で擦り、ニカっと笑った。その目元が少し赤くなっているのを、油の汚れが隠している。
カイは手に持っていた松葉杖を、そっと作業台に立て掛けた。
カツ、カツ、プシュッ。
歩き出す。機械仕掛けの足音が、静かなドックに響く。
それは決して洗練された音ではない。だが、どんな魔法の足音よりも力強い、彼らが自力で獲得した「前進」の音だった。
この数日後。
北嶺の雪原で、カイはこの鉄の膝を武器に、聖騎士団長と対峙することになる。
魔法の奇跡を持たぬ少年が、鉄の知恵だけで神の威光に立ち向かえた理由。
それは、足元に最高の「友」がいたからだった。




