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第22章:白亜の残光、あるいは沈黙の北嶺

吹雪が止んだ後の北嶺は、耳が痛くなるほどの静寂に包まれていた。

 カグツチの漆黒の刃が鞘に収まる音が、凍てついた大気にカチリと響く。

「……バルガス、聞こえる? 掃除は終わったわ」

 ブリッジで崩れ落ちるように椅子に座るシエラが、通信機越しに安堵の溜息を漏らす。その目には、父への報告を終えたような、憑き物が落ちたような光が宿っていた。

 カイはハッチを開け、カグツチの頭部から外へ身を乗り出した。

 サポーターを巻いた右膝は激しく疼いているが、不思議と足取りは軽い。冷たい空気が、火照った身体に心地よかった。

 目の前では、大破したパラディン・ホワイトから、一人の男が這い出してきていた。

 金髪は乱れ、気高い法衣はボロボロに裂けている。教国にて最も清廉な騎士と呼ばれる聖ウラジミール卿だ。

「……殺せ」

 雪に膝をついたまま、ウラジミールが声を絞り出した。その瞳からは、かつての眩いほどの自信は消え失せ、底知れぬ絶望と、自分自身への嫌悪が渦巻いている。

「我が剣は折れ、我が正義は地に堕ちた。汚れた『石版』の真実も知らず、貴公らを処刑しようとした私の愚かさに、もはや弁明の余地はない……」

 彼は震える手で、雪の中に転がった自らの聖剣の残骸を掴もうとして、指を止めた。

「ヴァレリウス卿の言葉が真実なら……私の守ってきたエリュシオンこそが、この世の『毒』そのものだったというのか。ならば、私は誰のために、何のために……」

 カイは黙って、雪を噛み締めて彼に近づいた。

 そして、ウラジミールの目の前で足を止め、視線を合わせる。

「……あんたのことは、よく知らない。でも、あんたの剣は真っ直ぐだった。それは確かだ」

 カイは不器用に、けれど真っ直ぐに言った。

「僕たちは、死ぬために戦ってるんじゃない。生き残って、飯を食うために戦ってるんだ。……あんたの正義が泥を被ったっていうなら、これからはその泥を洗うために生きてみろよ。……死んで逃げるのは、ガンドックの流儀じゃない」

 ウラジミールは驚いたように顔を上げた。

 復讐でも、蔑みでもない。ただの「生存」を肯定する少年の言葉。

 刹那、ウラジミールの視界に違和感が疾走る。

 カイの背後。黒煙を上げるパラディン・ホワイトの残骸の陰から、ゆらりと滲み出る影があった。ヴァレリウスの親衛隊か、あるいは狂信的な審問官の生き残りか。その瞳は血走り、手にはマナの残滓を纏った短剣が握られ、カイの無防備な背中を狙っている。

「――異端者ァァァッ!!」

 絶叫と共に、殺意が弾けた。

 カイは右膝の激痛で反応がコンマ数秒遅れる。

「……ッ!」

 ウラジミールは反射的に腰の剣を抜いた。

 マナなど残っていない。身体は鉛のように重く、肋骨は軋みを上げている。だが、目の前で誰かが傷つくことを拒む「習性」だけが、思考よりも早く彼の肉体を突き動かした。

 一閃。

 銀の軌跡が、雪原の空気を鋭く切り裂いた。

「ガハッ……!?」

 審問官の短剣がカイの首筋に届く寸前、ウラジミールの剣がそれを強引に弾き飛ばし、返す刀で男の肩を深々と切り裂いた。

 鮮血が雪を汚し、襲撃者がドサリと崩れ落ちる。

 カイが勢いよく振り返り、目を見開いた。

 目の前には、肩で荒い息をするウラジミール。その剣先から、一筋の血が滴り落ちる。

「……あんた、助けてくれたのか」

「……勘違いするな」

 ウラジミールは苦痛に顔を歪めながらも、剣を鞘に納めた。

「目の前で、非武装の人間が背後から討たれるなど……騎士の名折れだ。それだけのことだ」

 そう言い捨てると、緊張の糸が切れたのか、ウラジミールの身体がグラリと傾いた。

「おいっ!」

 カイが慌ててその身体を支える。

 ウラジミールはカイの肩に凭れかかりながら、自嘲気味に呟いた。

「……どうやら、泥を洗う前に……貴公らに運ばれるのが先のようだな」

 カイは呆れたように、しかし少しだけ嬉しそうに笑った。

「高いよ、僕たちの搬送代は。……覚悟しておいてくれ、騎士様」

 遠くから、ガンドック号が雪煙を上げて近づいてくる。

 白銀に降り注ぐ日の光を浴びながら、カイは眩しそうに『家』を見上げた。

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