第21章:断絶の一閃、あるいは偽証の終焉
漆黒の刃が鞘を離れた瞬間、戦場に異様な静寂が訪れた。
それは音が消えたのではない。大気中に充満していたマナの粒子が、漆黒の刀身から放たれる超高周波の振動によって物理的に粉砕され、あらゆる魔導演算が「無効化」されたことによる真空の静寂だった。
「――なんだ、この感覚は。マナが……消えていく……!?」
ウラジミールの『パラディン・ホワイト』の機体内、全モニターが「魔導供給停止」を告げるエラーに染まった。物理法則を書き換える「奇跡」の鎧が、ただの重い金属の塊へと成り果てていく。
その目前で、カグツチはかつてないほどに「静かに」佇んでいた。
左腕一本で握られた太刀に、実体化したリトの赤茶色のホログラムが、優しく、けれど力強く右腕を添えている。カイの膝が刻む不規則な鼓動は、今や機体全体の微細振動と完全に同期し、刀身に「万物を断つ」ための波形を与えていた。
『……カイ、行くわよ。私たちの「本当の姿」を見せてあげましょう』
カグツチが雪を蹴った。
加速装置による爆発的な機動ではない。ただの歩法。だが、その一歩はウラジミールの魔導演算を嘲笑うかのように、一瞬で距離を詰めた。
「させるかぁぁッ!!」
ウラジミールは失意を振り払い、残された予備マナをすべて剣に注ぎ込んだ。絶対零度の極光がカグツチを飲み込もうと牙を剥く。
――断。
カイの放った一閃は、ウラジミールの聖剣はおろか、その背後に展開されていた幾重もの魔導障壁さえも、紙細工のように一刀両断した。
高周波の振動刃は、分子結合そのものを強制的に剥離させる。そこには「硬度」も「魔導防御」も意味をなさない。
「馬鹿な……。私の……我が教国の奇跡が……ただの剣筋に……」
パラディン・ホワイトの胸部装甲が真っ二つに裂け、ウラジミールの視界に冷たい北嶺の空が広がる。彼は、自らが守ろうとした「正義」が、この漆黒の刃の前ではいかに脆く、虚飾に満ちたものであったかを思い知らされた。
「……あり得ん! あり得んぞ、こんなことは!!」
後方の指揮車両。ヴァレリウスは狂乱し、予備の封印式を強引に起動させようと、血の滲む指でコンソールを叩き続けた。
「物理だと!? マナを介さぬ力が、神の奇跡を凌駕するなど……認めん! 認めんぞぉ!!」
カグツチが、ゆっくりと指揮車両の方へ向き直った。
リトのホログラムは、カイの側で冷たく微笑んでいる。
「……ヴァレリウス卿。あんたが壊した『真実』の重さ……その身で味わいなさい」
カイの声は、かつてないほどに冷徹だった。
カグツチが太刀を大上段に構える。
リトのホログラムが、その右腕を添え、カイの動きと完全に重なる。
「――これが、父様の解いた『答え』よ」
シエラの言葉が通信回線を伝い、一閃となって放たれた。
漆黒の波形が、ヴァレリウスの指揮車両を、そして彼が拠り所としていた「嘘」のすべてを、一瞬で虚空へと斬り捨てた。
爆発は起きなかった。ただ、そこにあったはずの物体が、物理的な存在意義を失い、微細な塵となって吹雪の中に消えていく。
戦場に、本当の静寂が訪れた。
白亜の騎士は地に伏し、狂気の審問官は塵へと消えた。
残されたのは、雪原に立つ一腕の赤い鬼と、その傍らで淡い光を放つ少女の幻影。
「……終わったよ、リト」
『ええ。……でも、これでお洒落な腕が手に入ると思ったのに、ただの物騒な刃物だったなんて、やっぱり不公平よね』
リトのいつもの毒舌に、カイは少しだけ、柔らかな笑みを浮かべた。
ガンドック号から、バルガスたちの歓声が響いてくる。
偽証の終焉。
それは、彼ら「家族」が、新しい未来を切り拓いた瞬間でもあった。




