第19章:泥濘の数式《ロジック》、あるいは鉄の絆
外部から響く凄まじい金属音と、カグツチの悲鳴。
ガンドック号のブリッジは、もはや制御不能な暴力の渦中にあった。コンソールには「致命的なエラー」を示す赤光が乱舞し、シエラの視界を焼き尽くさんばかりに明滅している。
「……計算が合わない。この位相、マナの波形じゃないわ」
シエラの指先は、常人には不可視の速度でキーボードを叩き続けていた。彼女の瞳には、かつて父を葬った白亜の塔の、冷酷な光が宿っている。
「シエラ姐さん! 石版の出力が限界だ! このままだとカグツチのメイン・コアが焼き切れる、あと三分も持たねえぞ!」
ロキが、補助演算機に首を突っ込みながら叫ぶ。彼の額からはオイルの混じった汗が滴り、剥き出しの回路からは火花が散っていた。
「わかっているわ、ロキ。……でも、この術式は『外』からじゃ解けない。教国の連中、石版の中に数千年前の残響を閉じ込めていたのね。……父様が、最期に私に伝えたかったのはこれだったのよ」
シエラは、アタッシュケースの中で脈動する石版を睨み据えた。
それは単なる物質ではない。カグツチという超科学の粋を、マナという名の「呪い」で縛り上げるための、論理の檻。
父が考古学者として、そして一人の人間として守ろうとしたカグツチの真実――それは「マナを一切必要としない、自律した物理の極致」であったこと。
そして教団は、その不都合な真実を隠蔽するために、石版という名の自爆装置を保険として世界にばら撒いたのだ。
「ロキ、補助電源をすべて私の端末に回しなさい。……石版の内部ロジックに直接潜る(ダイブする)わ」
「無茶だ! マナの逆流を食らったら、姐さんの脳だってタダじゃ済まねえ!」
「私を誰だと思っているの? ……損な取引は、死んでもしないって言ったはずよ」
シエラは迷わず、自らの神経端子を石版の解析機に直結した。
瞬間、彼女の脳内に奔流のような情報の濁流が流れ込む。
それは数千年の間、教国が隠し続けてきた「嘘」の集積。マナという名の「恩寵」を装った、物理を否定する毒の数式。
『見つけたわ……ヴァレリウス卿。あなたが信じるその「聖なる数字」、私が今、ただのガラクタに変えてあげる』
シエラは、ヴァレリウスがカグツチを焼き切るために放ったマナの波形を、逆に「鏡」として利用し始めた。
マナが波であるなら、必ずそこには「節」がある。
彼女は、石版からカグツチへ向かう「呪いのエネルギー」を、プログラムの改変によって「修道院の封印を解くための鍵」へと再定義していく。
「ロキ! 今よ、カグツチの第ニ外部スロットを強制開放して! カイの膝の振動リズムを、そのまま私の数式の同期信号に使うわ!」
「……っ、分かった! カイの『デタラメなリズム』で、神様の計算を狂わせてやるぜ!」
ロキがエンターキーを叩く。
カイの「故障した膝」が生み出す、演算不能な不規則な振動が、シエラの書き換えたプログラムと共鳴する。
ヴァレリウスが「自爆」のスイッチを入れたその瞬間、石版から放たれたのは破壊の光ではなかった。
それは、修道院の尖塔に眠る「真の遺産」を呼び覚ますための、物理の咆哮。
「……さあ、目覚めなさい。お父様が愛した、偽りのない『鉄の牙』……!」




