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第16章:吹雪の帳、あるいは鉄の灯火

北嶺の夜は、生き物のように咆哮していた。

 ガンドック号の周囲には、巨体が埋もれるほどの雪が降り積もり、分厚い装甲を叩きつける吹雪の音が、船内にも響き渡る。だが、その喧騒とは裏腹に、格納庫はオイルと蒸気の熱で満たされ、奇妙なほど穏やかな空気に包まれていた。

 巨大なカグツチの胴体は、仮設の足場で固定され、その横ではロキがいつものようにヘッドライトを額に当て、一心不乱に工具を振るっている。

「……へへ、この耐寒ベアリング、スカベンジャーのやつだけど、磨けば光るぜ。リト、これで左足の動きが0.2秒は早くなるぞ!」

 ロキの興奮した声が響く。彼の傍らには、ガストンとナッツも小さなパーツを磨き、焚き火にあたるように身体を寄せ合っていた。

 格納庫の片隅。

 カイは、簡易ベッドに腰掛け、ブランケットにくるまったリトの隣に座っていた。

 魔導ヒーターはフル稼働しているが、リトの身体は常に常温だ。しかし、カイの隣にいるときだけ、彼女はわずかに体温を帯びているように感じられる。

「ロキが、あのスカベンジャーの部品を君の足に使うって言ってたよ。少しは楽になるかな?」

「……馬鹿なこと。屑鉄を混ぜたところで、私の本質が変わるわけじゃないわ」

 リトはそっけなく答えるが、カイに繋がれていない方の手で、ブランケットの端をきゅっと握り直した。その表情は、どこか居心地が悪そうだ。

 カイはそんなリトの頭を、そっと撫でた。

 セミロングの赤茶の髪は、サラサラと指の間を滑っていく。彼女は普段、気分で髪型をころころ変えるが、今日は静かな夜に合わせたように、飾り気のないストレートだった。

「でも、君が少しでも楽になるなら、僕は嬉しいんだ」

「……」

 リトは何も言わない。だが、その瞳に宿る不機嫌な輝きは、微かに和らいでいるように見えた。

「カイ兄、リトちゃん!」

 ナッツが温かいココアの入ったマグカップを二つ持ってきた。

「シエラ姐さんが、冷えないうちにって! 夜食は厚切りベーコンのスープだよ!」

「ありがとう、ナッツ」

 カイはそれを受け取り、一つをリトに渡す。

 リトは少し躊躇いがちにマグカップを受け取ると、ゆっくりとそれを唇に運んだ。マナを持たぬ彼女の身体には、食べ物も飲み物も「ただの物質」に過ぎないはずだ。だが、カイが渡すものだけは、なぜか拒まない。

「……ねえ、カイ」

 ココアを一口飲んで、リトが静かに言った。

「あの白亜の街に着いたら、私の『右腕』は本当に見つかるのかしら?」

 その声には、珍しく微かな不安が混じっていた。

 

 カイは、ブランケットの中に隠されたリトの右肩に触れた。そこには、本来あるべき腕がなく、滑らかな金属の継ぎ目だけが残っている。

「うん。きっと見つかるよ」

 カイは迷いなく頷いた。

 「僕が、必ず見つけてみせる」

 

 その言葉は、リトの心臓に宿る永久機関の熱にも似た、揺るぎない確信を帯びていた。

 

 その夜、ガンドック号の格納庫では、誰一人として枢機卿たちの判決を知る者はいなかった。

 ただ、吹雪の音だけが、遠い白亜の塔で下された冷酷な命を、静かに伝えているかのようだった。


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