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第15章:白亜の偽証、あるいは聖域の毒

 魔導国エリュシオン、聖都の中枢を担う巨塔『天階閣テンカイカク』。

 外界の極寒を遮断した最上階の円卓会議室には、絶え間なく焚かれる香炉の煙が立ち込め、壁一面を覆う黄金のイコンが、蝋燭の炎に揺れて不気味な光を放っていた。その静謐は、祈りのためのものではなく、真実を窒息させるための重苦しさに満ちている。

「――バベルよりの報告です。帝国の猟犬共が、一機の『赤い不具合エラー』に蹂躙されたとのこと」

 若き司祭の震える声が、大理石の床に空虚に響く。

 円卓を囲むのは、十二人の枢機卿。彼らは厚手の法衣に身を包み、その襟元には高純度のマナを蓄えた魔導真珠の数珠が重々しく重なっている。その装いは荘厳だが、その瞳には慈悲などひとかけらも宿っていない。

「ふん。帝国の鉄屑共が、野良の野盗に不覚を取っただけのこと。それをわざわざ我が国の聖域にまで報告に来るとは、不愉快な」

 一人の枢機卿が鼻で笑った。

「しかし、報告によればその機体は……かつての禁忌、《カグツチ》に酷似していると」

「馬鹿げたことを! あれは数千年前、神々がその穢れゆえに地上から消し去った悪夢だ。マナを拒絶する物理の化け物など、この清浄な大気に存在できるはずがない」

 枢機卿たちの言葉は、傲慢な「否定」で塗り固められていた。

 彼らにとって、マナこそが神の証明であり、マナのない力など「存在してはならない不具合」に過ぎない。彼らはカグツチの復活という真実を恐れているのではない。自分たちが積み上げた魔導文明という名の「神学」が、ただの「虚飾」であると突きつけられることを、死よりも恐れているのだ。

「掃討しろ。聖域を汚す不浄なバグを、一欠片も残さず焼き尽くせ。……我が国の秘匿する『石版』さえ無事であれば、歴史の塵が何を喚こうと関係ない」

 教皇の代理たる大枢機卿が、冷酷な判決を下した。

 その時、円卓の背後に広がる影の中から、一人の男がゆっくりと歩み出た。

 異端審問官、ヴァレリウス。

 純白の法衣を纏っているが、その相貌にはサディスティックな愉悦が刻まれている。彼は細長い指で香炉の煙を弄びながら、粘つくような声で言った。

「くくく……。枢機卿閣下、ご安心を。数千年前に我ら先師たちが世界中にばら撒いた『呪い』が、ようやく獲物を捕らえたようです」

 ヴァレリウスの言葉に、円卓の傍らで直立していた一人の聖騎士が眉をひそめた。

 ウラジミール。

 二十六歳。金髪碧眼の美丈夫であり、その立ち姿は彫刻のように気高い。数々の武勲と民への奉仕で『最も清廉な騎士』と謳われる彼は、民衆から次期枢機卿への推挙を受けるほどの人気を誇る英雄だ。だが、その清廉さゆえに、彼は目の前の審問官が放つ異様な毒気に本能的な嫌悪を感じていた。

「ヴァレリウス卿、どういう意味だ。呪いだと?」

「おやおや、純白の騎士様には刺激が強すぎましたかな?」

 ヴァレリウスは蛇のような瞳でウラジミールを射抜いた。

「今、かのイレギュラーが運んでいる『石版』……あれは起動キーなどではない。カグツチが自らのパーツに近づいた瞬間、周囲の封印術式と共鳴し、膨大なマナの負荷を本体の演算人格エゴへと逆流させる――再臨の瞬間に、カグツチを内側から焼き切るための自爆装置なのですよ」

 ヴァレリウスは、かつて自分が葬ったある考古学者の最期を思い出すように、うっとりと目を細めた。

「マナを否定する物理の獣には、マナの毒を。これ以上の正義があるでしょうか?」

「……卑劣な。それは騎士の戦いではない」

 ウラジミールが声を絞り出す。彼の信じる正義は、常に正面から悪を断つ光であった。だが、教団の中枢で語られるのは、謀略と呪いという名の闇だ。

「ウラジミール卿」

 大枢機卿が静かに命を下す。

「貴卿に命ずる。教団の秘匿地『静寂の修道院』へ向かい、その不浄なるイレギュラーを浄化せよ。……そしてヴァレリウス。貴殿は審問官として同行し、その『自爆』が確実に遂行されるよう見届けよ」

「御意のままに」

 ヴァレリウスは深く、恭しく頭を下げた。その口元には、獲物を追い詰める猟犬の笑みが浮かんでいた。

 ウラジミールは無言で背を向け、大講堂を後にした。白亜の回廊を歩く彼の軍靴の音が、空虚に響く。

 彼は窓の外に広がる極寒の雪原を見つめた。そこには、教団が「不具合」として切り捨て、今まさに呪いで焼き殺そうとしている赤い残骸がいる。

(私は、何を守るために剣を振るうのか……)

 一方、ヴァレリウスは一人、薄暗い廊下で自らの首筋をなぞっていた。その指先には、かつてシエラの父を異端審問にかけた際の、血と脂の感触がまだ残っているような気がした。

「ああ、楽しみだ。あの時逃がした学者の娘……シエラといったか。彼女もその傭兵団にいるそうじゃないか。親子二代で、教団の奇跡を証明する贄になれるとは、最高の栄誉だと思わないか?」

 彼の笑い声は、凍てつく北風に混じり、ガンドック号が待つ雪嶺の彼方へと吸い込まれていった。

 この時、ガンドック号のブリッジでは、シエラが一人、アタッシュケースの中の石版を見つめていた。

 彼女の瞳に宿るのは、教団への憎悪でも、己への憐憫でもない。

 父が解けなかった「呪いの数式」を書き換え、愛する家族と、一人の少女を救い出すという、冷徹なまでの決意だった。

 白亜の騎士。狂気の審問官。そして、嘘つきの聖女。

 三つの運命が、北嶺の最深部、静寂の修道院で激突しようとしていた。

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