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幕間:汚れた真実――シエラの独白

深夜、ガンドック号のブリッジを支配するのは、コンソールの淡い燐光と、私が吐き出した細い煙草の煙、そして指先を噛むような冷気だけ。

 膝の上に置いたアタッシュケース。その中に鎮座する『石版(再臨の刻印)』が、不気味な脈動を繰り返している。それはまるで、主を待ちわびる忠犬のようでもあり、獲物の喉元を狙う毒蛇のようでもある。

「……ふぅ。全く、皮肉なものね」

 煙を吐き出し、私は目を閉じる。この石版がガンドック号に運び込まれたのは、まだ雪が降る前のこと。カイが私たちの仲間に加わる、ずっと前の話だ。

 当初の依頼は、北方諸国連合からの「古代遺物のサンプル移送」。金貨500枚という、傭兵団の維持費には手頃な、どこにでもある退屈な仕事のはずだった。

 だが、あの少年が――一条魁が、ジャンクの山から「それ」を掘り起こした瞬間、ガンドック号に眠っていたこの石版は、まるで数千年の眠りから覚めた飢えた獣のように輝き始めた。

 私は、故郷・聖エリュシオン教国の、吐き気がするほど美しい白亜の景色を思い出す。

 黄金のイコンが並び、香炉の煙が絶え間なく漂う聖堂。あの日、私の世界はそこで唐突に終わりを告げた。

 高名な考古学者だった父は、ある「禁忌」に触れてしまった。それが教国という巨大な嘘を根底から揺るがすものだとは知らずに。

 サディストとして悪名高い異端審問官が、物言わぬ「肉塊」と化した父を引きずりながら、私の前で嘲笑を浮かべたあの瞬間を、一秒たりとも忘れたことはない。

「お前の父は、神のマナを否定する悪魔の理を説いた。これはその罰だ」

 引きずられた父の血が、白大理石の床に醜い線を引いていた。教団は、父が気づいた真実を――カグツチがマナを一切必要とせず、純粋な物理法則だけで完成された超科学の粋であるという事実を、何よりも恐れたのだ。

 彼らにとってマナは「神の恩寵」であり、選民思想の拠り所。それを介さず、ただ「そこに在る鉄」として最強を証明するカグツチの存在は、神の不在を突きつける悪魔の証明に他ならない。

 だから彼らは父を殺し、歴史からカグツチの名を消し去り、そして「呪い」を撒き散らした。

 この石版は『起動キー』などではない。教団が「万が一、不浄なるカグツチが目覚めた時」のために、世界中にばら撒いた保険……対カグツチ用の自動抹殺デバイス。

 本体が、失われた自らのパーツを呼び戻そうと近づいた瞬間、周囲の封印術式と共鳴し、膨大なマナの負荷を本体へと逆流させる。再臨の瞬間に、カグツチの演算人格を内側から焼き切るための、最悪の『自爆装置』なのだ。

 偶然なのか、運命なのか。

 何の関係もない移送任務だったはずの石版が、目覚めたリトを感知し、今まさに彼女を奈落へ引きずり込もうとしている。

 教団は、何も知らないガンドックという捨て駒が、勝手に「バグ」と共に自滅してくれるのを高みの見物で待っている。

「……いいわよ。汚れ役は私が引き受ける」

 父様、見ていて。

 あなたが愛し、そして殺されたその真実を、今度は私がこの手で守り抜いてみせる。

 あなたが解けなかったこの石版の式。マナが「波」であるなら、必ずそこには「節」がある。位相を反転させ、術式の論理構造ロジックを根底から書き換えれば、この呪いはリトを救うための盾に変わるはず。

 あの子たちは――カイやロキは、純粋にリトを「一人の家族」として愛している。

 カイのあの真っ直ぐな瞳。ロキの、オイルまみれになって鉄を叩く音。

 バルガスが何も言わずに広げてくれる、あの大きな背中。

 あの温かな光景こそが、マナなんていう不確かなものよりも、ずっと「奇跡」に近い。

 だから、私は嘘をつき続ける。「嘘つきの聖女」を演じて、連中の用意したシナリオを逆手に取ってやる。

 教国の聖域を土足で踏み荒らしてでも、私はあの子たちの居場所を守り抜く。

 ガンドックの帳簿がどれだけ血の赤字に染まっても構わない。それが、あの日白亜の塔から逃げ出した私の、一生をかけた贖罪なのだから。

 カグツチは存在しない。あれはただの不具合エラーよ。

 そうね、世界の皆さん。どうかそのまま、心地よい嘘のゆりかごで眠り続けなさい。

 その嘘が、鉄の拳で打ち砕かれるその瞬間まで。

「……バルガス。おやすみ、クソ親父。……明日はもっと、寒くなるわよ」

 煙草を灰皿に押し付け、私は冷たいコンソールの光の中に沈んでいった。

 窓の外、北嶺の雪原が、冷酷な白さで私たちを誘っている。

 父様を殺したその「奇跡」を、私がこの手で物理の深淵へ叩き落としてやる。

 夜明けは、すぐそこまで来ている。

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