第14章:鋼の薄氷、あるいは欠損の共鳴
吹雪の隘路を這いずる鋼の獣――スカベンジャー・レイスの群れ。
ガンドック号の甲板を蹴り、宙を舞ったカグツチの内部で、カイは操縦レバーをミリ単位で制動していた。
「リト、出力抑制! クランクにかけるトルクは常用域の十五パーセントで止めてくれ。これ以上は、左肩の仮設ベアリングが保たない!」
『わかってるわよ。……もどかしいけれど、今はあなたの「不自由な右足」に合わせるしかないわね』
コクピット内で、カイの神経はリトの演算系と直結している。
リトの永久機関が吐き出す膨大な熱量は、今はその大半がバイパスへと逃がされ、機体を「壊さないため」の制動に使われていた。
ガギィィィィィィン!!
カグツチの左腕――バベルの廃材を無理やり溶接した鈍色の腕が、スカベンジャーの一撃を正面から受け流す。
魔導障壁を張れば一瞬で解決する攻撃だが、カグツチにマナはない。カイは敵の回転鋸が噛み合う瞬間の「隙」を見抜き、最小限の動きでそのベクトルを逸らした。
――今だ!
唯一残された右の拳が、クリーチャーの動力核を正確に貫く。
無駄な破壊はない。部品の摩耗を最小限に抑え、敵の急所だけを叩き潰す「剣理」による蹂躙。
「ガストン! 二時方向の三機、撃ち漏らしてるぞ!」
『へっ、わかってらぁ! だがこっちも出力が安定しねぇんだ!』
ガストンの叫びと同時に、ガンドック号の側面ハッチが展開する。
そこから飛び出したのは、テツカブラに続く二機の魔導鎧だった。
「――『ラッド・スパイダー』、出るわよ! ナッツ、援護は任せた!」
先陣を切るのは、ガンドックの斬り込み隊長を自負する女性パイロット、ベッキーだ。彼女が駆る機体は、帝国の旧型を改造した、軽量高機動の四脚機。
「了解! 『バッファロー・重装型』、定位置につくよ!」
ナッツが声を上げ、ガンドック号の最後尾から現れたのは、重厚な装甲を誇る防御特化機。その盾が、後方から迫るクリーチャーの進路を塞ぐ。
バルガスのテツカブラ、ベッキーの機動力、ナッツの防御、そしてガストンの火線。
このバラバラで寄せ集めの傭兵団が、連携という名の「回路」でつながり、ガンドック号を守る一つの生命体として機能していた。
『……ねえ、カイ。あの子たちの魔導鎧、もう関節が凍り始めてるわよ』
リトの声が、カイの脳内に冷たく響く。
『マナが止まる。……あの子たちが「鉄の置物」になる前に、掃除を終わらせなさい』
「ああ。……僕たちのやり方で、道を切り拓く!」
カイの意識が加速する。
カグツチの出力計は、依然として「抑制」の範囲内。
だが、カイの指先は、リトの永久機関が紡ぎ出す「純粋物理の奔流」を、0.2ミリの精度で針の穴を通すように制御していた。
右腕一本、不自由な足。
欠陥だらけの二人が、完成されたはずの魔導機兵たちよりも遥かに鮮やかに、白銀の戦場を舞う。
「リト、三秒だけリミッターを外す。左足の負担は僕が肩代わりする!」
『……いいわよ。見せてあげなさい、この世界の「物理」の正解を!』
赤い鬼の背中から、魔力ではない、本物の「排熱」が陽炎となって立ち昇った。
「リト、踏み込むぞ! 衝撃吸収は僕が合わせる!」
『了解。……三秒だけ、わたしの『本当の重さ』を教えてあげるわ!』
カグツチの全身の歯車が、一億分の一秒の狂いもなく噛み合う。
ドォォォォン!!
それはマナの爆発音ではない。超圧縮された空気が逃げ場を失い、物理的に空間を叩いた衝撃波。赤い機体は、その一歩で残像を残して加速した。
「……速いッ!?」
ベッキーがラッド・スパイダーのモニター越しに目を見張る。彼女の視界を、赤い閃光が横切った。
カグツチは、隘路の壁に張り付いていたスカベンジャーの群れに対し、一腕の拳を「置く」ようにして激突した。
無駄な振り抜きはない。ただ、自重と加速のすべてを一点に集中させた「点」の打撃。
バキィィィィィィン!!
衝突の瞬間、スカベンジャーの頑強な装甲が、まるで凍ったガラスのように粉々に砕け散った。
一機、二機、三機――。
リミッター解除の三秒間。カグツチは物理法則の死角を突くような機動で、群れの「核」を次々と粉砕していく。
『……限界よ。これ以上は主軸フレームが歪むわ』
リトの警告と同時に、カグツチの背後から激しい排熱の蒸気が噴き出した。
カイは強引にレバーを引き戻し、慣性だけで着地させる。
足元には、完全に沈黙した鋼の獣たちの残骸が転がっていた。
「……ふぅ。……バルガスさん、掃討完了です」
『おう、見事なもんだ。……おい、野郎ども! 敵がいなくなったからってボサッとしてんじゃねえぞ!』
バルガスのテツカブラが、重々しく地面を歩き始める。
『本番はここからだ! ノースゲートの連中が来る前に、マシなパーツを全部剥ぎ取るぞ! ナッツ、ガストン、回収作業開始だ!』
しかしバルガスの指示が飛ぶより早く、戦闘が終わるや否や、ハッチを蹴破って雪原へ飛び出した影があった。
「おい!! 触るな! その不器用な手で古代のネジ山を潰すんじゃねえ!!」
主任整備士、ロキだ。
彼は鼻を真っ赤にしながら、スカベンジャーの残骸に飛びつき、狂ったように工具を振るい始めた。
「見てろよカイ! この耐寒ベアリングと不凍オイル循環器……こいつがあれば、リトをもっとスムーズに動かせる! ヘへ、お宝の山だぜ!」
オイルまみれの顔で笑うロキ。ナッツやガストンも、宝探しのようにパーツを剥ぎ取り始める。金貨500枚という報酬以上に、この「死んだ鉄から命を繋ぐ」作業こそが、彼らの矜持だった。
「……ふん。あのアホ面、相変わらずね」
カイの側に再び実体化したリトが、呆れたように呟く。
「でも、あいつが触る場所は、痛みが引くのよ。……少しだけ、認めてあげてもいいわ」
夕闇の雪原。
ガンドック号は、傷ついた仲間と山のような戦利品を飲み込み、再び吹雪の奥へと進み始める。
シエラの「今夜は厚切りベーコンのスープよ」という通信に、歓喜の叫びが上がった。
北嶺の旅は始まったばかりだ。
凍てつく世界で、彼らは泥臭く、けれど誰よりも熱く、明日をその手で掴み取っていた。




