第二幕:プロローグ『鉄の福音、あるいは因果の再起動』
かつて、この大陸には「理」があった。
それは魔力という名の不純なノイズに頼らず、純粋な物理法則と熱力学の極北を貫いた超古代の遺物――《レガリア》たちが、地平線を支配した黄金の時代だ。
レガリアの心臓は、宇宙の鼓動と同期する「永久機関」。
外からの供給を一切拒絶し、内側から無限の熱を紡ぎ出すそのエーテル・ドライブは、魔導文明が手にした「借り物の火」などとは一線を画す、超科学の結晶であった。
だが、その強大すぎる出力は、機体自体の意思だけでは制御できぬ暴馬でもあった。力を導き、ベクトルを定め、無限を「一閃」へと変えるための神経系。すなわち、純粋な意思を持つ「契約者」がいなければ、その鼓動はただ世界を焼き尽くす災厄に過ぎない。
やがて、神々は地上の理から姿を消した。
人類が手にしたのは、大気に漂うマナを薄めて使い、スロットに刻まれた既存の魔法式をトレースするだけの、妥協に満ちた『魔導工学』という名の安寧だ。
全高6メートルから12メートル。
現代を闊歩する巨大な鋼の騎士『魔導鎧』たちは、魔導核にマナを注ぎ込み、あらかじめ定められたチップの通りに踊る「人形」へと成り果てた。
魔導至上主義を掲げ、規格化された暴力で大陸を蹂躙する『神聖アルカディア帝国』。
マナを神聖視し、祈りと神秘の障壁で「奇跡」を顕現させる『聖エリュシオン教国』。
二つの勢力が描く均衡は、マナという名の麻薬によって保たれた、脆く、美しい砂上の楼閣であった。
その歪んだ円環に、一振りの楔が打ち込まれた。
場所は、鉄の墓場『バベルの裾野』。
そこにいたのは、かつて「神童」と呼ばれながらも右膝を砕かれ、一条家という名の檻から捨てられた少年、一条カイ。
そして、深淵の底で「マナが熱い、痛い」と泣き叫び、右腕を欠損したまま数千年の孤独に耐えていた赤いガラクタ、カグツチ。
――欠陥と、欠損。
世界から拒絶された二つの孤独が重なった瞬間、止まっていた世界の秒針は、爆発的なトルクと共に再起動した。
魔力を持たないがゆえに、レガリアの無限の演算をノイズなしで受容できるカイの神経。
契約者を得たことで、永久機関の出力を「0.2ミリの剣理」へと収束させたリト。
彼らが提示したのは、現代の魔導工学への明確な「反逆」であった。
魔導センサーには映らぬ物理の虚無。
魔導障壁を紙細工のように引き裂く質量の暴力。
そして、一億分の一秒の狂いもなく噛み合う歯車が生み出す、神速の降臨。
第一幕、バベル。
彼らは、帝国の「誇り」であった高速機甲小隊を、たった一機、たった一腕で蹂躙し、焼き尽くした。
オイルの雨と、火花。それは新しい時代の幕開けを告げる、鉄の福音であった。
そして今、物語は白銀の第ニ幕へと進む。
移動要塞ガンドック号が目指すは、極寒の北嶺、聖エリュシオン教国。
そこには、リトの「失われた腕」を繋ぐための伝承が眠り、そしてカイの過去を断ち切るための宿敵たちが牙を剥いて待ち受けている。
大気が凍りつき、マナが沈黙する死の山脈で、
少年と少女は、ただ「熱」を求めて奔る。
魔導の灯が消える時、真実の太陽たる「永久機関」が、凍てついた世界を真っ赤に染め上げるだろう。




