第13章:鉄の残照《アフター・グロウ》、あるいは第一幕・終劇
炎を纏ったスパナが、最後の敵機の残骸を叩き伏せ、ゆっくりとその熱を失っていく。
シュゥゥ……という、オイルが蒸発する音だけが戦場に響いた。
カグツチの割れたバイザーから漏れる橙色の光が、砂塵の向こう、震えながら後退を始める帝国軍の本陣を捉えていた。
「……ゼノス、閣事……! も、もはやこれまでです! 本隊の半数が大破、残存機も損傷が激しく、これ以上の戦闘継続は不可能です!」
副官の悲痛な叫びが、旗艦のブリッジに響く。
ゼノスは、モニターに映る「赤い死神」を見つめたまま、拳が血が滲むほど固く握りしめられていた。
「……物理だと。ただの質量と加速だと。……この私が、そんな『原始の力』に屈したというのか……!」
彼のプライドは、リトが切り裂いた装甲よりも無惨に粉砕されていた。
だが、その瞳には恐怖の奥底に、歪んだ「執着」が灯る。
「……バルガス、そして一条カイと言ったか。……貴様らは今、世界の秩序に牙を剥いた。この屈辱、必ずや帝国の威信にかけて、万倍にして返してやる」
「――撤退だ!」
ゼノスの苦渋に満ちた号令と共に、帝国軍は煙幕を撒き散らしながら、這う這うの体で北の空へと消えていった。
静寂が、荒野を包み込む。
カグツチのハッチが開き、中から煤と汗にまみれたカイが、ふらりと外に這い出した。
神経接続を解除した瞬間の猛烈な倦怠感と、右膝に帰ってきた鋭い痛み。カイはそのまま崩れ落ちそうになったが、それを支えたのは、駆け寄ってきたロキの泥だらけの腕だった。
「……おい、生きてるか! カイ!」
「……うん。……ロキ、リトを……リトを、直してあげて。……あの子、すごく頑張ってくれたんだ」
カイの言葉に、ロキは一瞬呆れ、それから鼻を真っ赤にして笑った。
「分かってらぁ、バカ。俺を誰だと思ってんだ。……世界一の『ガラクタ屋』だぜ」
背後から、重い足音を立ててテツカブラが近づいてくる。
片脚を引きずり、盾も失った無惨な姿。だが、ハッチから顔を出したバルガスは、見たこともないほど豪快な笑みを浮かべていた。
「カカッ! 派手にやりやがったな、坊主共! まさか帝国の猟犬を、ケツに火がついた野良犬に変えちまうとはな!」
「全く。船の修理費、あんたの給料から天引きするわよ、カイ」
無線越しに届く、シエラの呆れた、けれどどこか震える声。彼女がブリッジで一人、安堵の涙を拭っていることを、その場にいる全員が察していた。
移動要塞ガンドック号。
傷つき、黒煙を上げながらも、その巨躯は夕陽を背にして毅然と立っていた。
それは、世界から見捨てられた「欠陥品」たちが、初めて自らの手で掴み取った「居場所」の象徴だった。
「リト。……僕たち、勝ったんだね」
カイが傍らで静かに佇む赤い巨軀を仰ぎ見ると、機体の真空管が、まるで微笑むように一度だけ瞬いた。
(……ええ、カイ。……でも、これはまだ、始まり。……世界はこれから、もっと激しく、わたしたちを拒むでしょう)
「いいよ。……その時はまた、君が僕の足になって、僕が君の眼になる。……そうだろ?」
(……ええ。……約束よ)
赤茶けた荒野に、長い、長い影が伸びていく。
一条家という名の檻を抜け、魔力という名の虚飾を切り裂き、少年は今、本当の地平に立っていた。
空には、一番星が輝き始めている。
その光は、これから始まる激動の第ニ幕――『石版の真実』と『帝国との全面戦争』を予感させるように、冷たく、けれど激しく瞬いていた。
【第一幕:鉄の産声・完】




