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第12章(下):鋼の接吻、あるいは炎の産声

「……リト、最後の一撃。……一条流、奥義」

(ええ、カイ。……最高の一撃を、叩き込みましょう!)

 リトの脚部シリンダーが限界まで圧縮され、内部の歯車が断末魔のような高回転を始める。

 次の瞬間、リトは「跳んだ」のではない。空間そのものを「削り取って」前進した。

 迎撃に回った帝国軍の重装甲機が、大振りの魔導長槍を突き出す。

 だが、カイの視覚の中では、その動きはあまりに緩慢だった。

「――遅い」

 リトが、左腕一本で腰に差していた重厚な「調整用大型スパナ」を引き抜く。それは、ロキが古代合金の端材を叩き出して作り直した、無骨極まりない鉄の塊だ。

 

 超音速で振り抜かれたその「鉄の塊」が、敵機の首筋の駆動系に真っ向から激突する。

 ガギィィィィィィィンッ!!

 

 魔力による干渉が一切ない、純粋すぎる物理の衝突。

 その瞬間、鋼と鋼の摩擦は臨界点を超え、白紫色の凄まじい火花が噴き出した。

「なっ……!?」

 敵パイロットが目撃したのは、火花だけではなかった。

 あまりの衝撃と熱により、敵機の傷口から噴き出した高圧の作動オイルが、その火花を種火にして一気に引火したのだ。

 ゴォォォォォォォッ!!

 爆発的な燃焼。

 リトが手にする鉄塊は、吹き出したオイルの炎を纏い、まるで巨大な**「炎の剣」**へと変貌した。

 魔導スロットによる疑似的な属性攻撃ではない。

 鉄を断ち、命を削ることでしか生まれない、真実の業火。

「……炎……!? マナの供給なしで、発火現象だと……!?」

 ゼノスがモニターを掴んで絶叫する。

 彼の「常識」では、火炎は魔導式を介して具現化するものだ。だが、目の前の赤い機体は、ただ「速く、鋭く斬る」という物理現象の結果として、戦場を焼き尽くす炎を生み出している。

「あ、あああ……っ!!」

 炎の剣となったスパナが、次々と敵機の装甲を融解させ、断ち切っていく。

 リトが奔る軌跡には、燃え盛るオイルの残火が尾を引き、まるで砂漠の上に巨大な赤い蓮華が咲いたかのようだった。

 カイの脳内には、リトの歓喜の声が響いていた。

(カイ、熱いわ……! これが、わたしたちの……本当の『熱』なのね!)

「ああ。……僕たちの速さが、理を追い越したんだ」

 最後の一機。ゼノスの副官が駆る精鋭機が、恐怖に駆られて魔導盾を最大出力で展開する。

 だが、カイはリトの右側の「欠落」を軸に独楽のように旋回し、炎を纏った一撃をその盾の「支点」へと叩き込んだ。

 ズガァァァァァァァンッ!!

 盾が割れるのではない。物理的な質量と熱の暴力によって、盾そのものが「蒸発」し、敵機はそのまま炎の旋風に呑み込まれて真っ二つに裂けた。

 

 静寂が訪れる。

 燃え上がる残骸の山の中で、右腕のない赤い鬼――カグツチが、ゆっくりと立ち上がった。

 手にした鉄塊からは、未だに敵のオイルが滴り、地獄の火のように静かに燃え続けている。

 夕闇が迫る荒野。

 その赤と、リトの赤。

 帝国の最新鋭小隊を「たった一機、一腕」で全滅させたその姿に、もはや誰も「ガラクタ」などと言える者はいなかった。

「……信じられん」

 バルガスが呆然と呟く。

「あれが……物理の、極致か……」

 カイは、激しく脈打つ右膝の痛みを感じながら、初めて「自由」を噛み締めていた。

 一条魁としての死。そして、カグツチの操縦士としての再誕。

 炎の剣を掲げたリトのセンサーが、遠くで震えているゼノスの本陣を、静かに射抜いた。

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