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第11章:薄明の追撃《チェイス・イン・ダスト》、あるいは傭兵の矜持

バベルを囲む外縁部は、幾重にも重なる巨大なクレーターと、崩落した古代建造物の残骸が連なる「死の荒野」だ。

 移動要塞ガンドック号がバベルの防壁門を抜け、赤茶けた大地へと巨大な無限軌道を刻み始めたその時、警告のアラートが艦内に鳴り響いた。

「――来たわね。予想より三分早いわ」

 シエラが冷徹な声で告げる。ブリッジのメインモニターには、砂塵を巻き上げて急接近する十以上の光点。帝国の高速機甲小隊『猟犬ハウンド』の先遣隊だ。

「ケッ、挨拶もなしに囲もうってか。帝国のエリート様は礼儀って言葉を知らねえらしいな!」

 バルガスが愛機『テツカブラ』のコクピットに飛び込み、魔導核オーブを爆発的に励起レイキさせる。

 ドォォォンッ! と、ガンドック号のカタパルトが火花を散らし、重装甲機テツカブラが荒野へと躍り出た。

「ロキ! カイ! 船の右舷は任せたぞ! シエラ、弾幕で連中の足を止めろ!」

「言われなくてもやってるわよ!」

 シエラの指先がコンソールを舞う。ガンドック号の両舷に備えられた多連装魔導砲が、一斉に火を噴いた。

 青白い魔力の光弾が空を裂き、迫り来る帝国の高速機『アイアン・グレイ』の進路を次々と爆砕していく。だが、相手はゼノスが鍛え上げた精鋭だ。彼らは空中で推進器を強引に反転させ、重力を無視した機動で弾幕を潜り抜けてくる。

「チッ、すばしっこい連中だ……!」

 バルガスが吠える。テツカブラの巨大な盾に、帝国軍の魔導長槍ランスが突き刺さり、凄まじい火花が散る。

 テツカブラは旧式だ。パワーと装甲だけが自慢の、いわば「生きた化石」。対する帝国軍は最新のスロットを積み込み、加速も旋回もテツカブラを凌駕している。

 だが、バルガスは不敵に笑った。

「最新型がなんだ! 鉄を信じて戦い抜いた年季の違いを教えてやるよ!」

 バルガスは敢えて盾を捨て、機体の全出力を右腕の「破砕杭パイルバンカー」に回した。

 敵機が加速を利用し、トドメを刺そうと懐に飛び込んできた刹那。

「そこだぁッ!!」

 物理的な衝突音。魔力の障壁を貫き、テツカブラの無骨な杭がアイアン・グレイの胸部を粉砕した。爆発する敵機。

「見たか! これが『生きた鉄』の拳だ!!」

 一方、ガンドック号の格納庫では、ロキとカイが必死に機銃座の調整と修理に走り回っていた。

「カイ! 弾薬供給ベルトが詰まった! 右舷の第三砲塔だ、急げ!」

「了解!」

 カイは松葉杖を放り出し、手摺りを掴んで滑るように移動する。リトとの接続を経てから、彼の身体感覚は研ぎ澄まされていた。右足は動かなくても、船全体の「震動」から、どこが悲鳴を上げているのかが手に取るようにわかる。

 バキィィンッ!

 その時、一機のアイアン・グレイが弾幕を突破し、ガンドック号の甲板に直接着艦した。

「墜ちろ、汚らわしい脱走兵共!」

 敵機が魔導剣を振り上げ、格納庫のハッチを切り裂こうとする。

「させないわよ……!」

 ブリッジからシエラが叫ぶ。彼女は艦の姿勢制御を強引にマニュアルに切り替え、巨体を斜めに傾けさせた。

「うわっ!?」

 バランスを崩す敵機。その隙を逃さず、シエラは甲板に設置された対人用固定機銃を遠隔操作し、ゼロ距離から魔力弾を叩き込んだ。

「ガンドックの女を怒らせたら高くつくって、地獄で後悔しなさい」

 冷徹な一撃が敵のコクピットを射抜き、炎上する残骸が甲板から滑り落ちていく。

 だが、戦況は芳しくなかった。

 先遣隊を退けても、後方からはさらに巨大な砂塵――本隊を率いるゼノスの影が迫っている。

「ハァ、ハァ……。バルガスさんの出力が落ちてる。シエラさんも、残弾が……」

 カイは甲板の影から、必死に戦う仲間たちを見つめていた。

 バルガスのテツカブラは、数機を撃破した代償として、左脚が半壊し、排熱限界を超えて蒸気を吹き出している。

 シエラの指揮するガンドック号も、四方からの波状攻撃に防壁が削られ、船体各所から黒煙が上がっていた。

「……ここまでか。……いや、まだだ」

 バルガスの通信機から、苦しげだが折れない声が届く。

「ロキ、カイ! お前らだけでも予備の脱出艇で逃げろ! ここは俺とシエラで食い止める!」

「……ふざけんなよ、親父!」

 ロキが叫ぶ。だが、彼の顔には絶望の色が混じっていた。帝国軍の物量は、個人が意地で覆せるレベルを超えようとしていた。

 その時だ。

 格納庫の最奥、暗闇の中で眠っていた「あの赤い塊」が、ヴォォォォ……という重厚な地鳴りのような音を立てた。

 

 誰の指示でもない。

 カイの胸の中に、熱い、焼け付くような「怒り」と「共鳴」が沸き上がった。

(……カイ。……わたしたちの、家が、傷ついているわ)

 

 リトの声だ。

 彼女もまた、自分を癒してくれたこの場所を、この人々を守ろうとしていた。

「……バルガスさん、シエラさん」

 カイは、静かに、けれどガンドック号の爆音を貫くような確かな声で通信機に告げた。

「逃げません。……僕が、僕とリトが、全部叩き落とします」

「カイ!? お前、何を言って――」

 シエラの驚愕の声を遮り、ガンドック号の格納庫ハッチが、内側から凄まじい力で蹴り破られた。

 砂塵と黒煙の中から現れたのは、右腕がなく、全身が赤錆にまみれた「粗大ゴミ」。

 だが、その双眸カメラには、帝国のどんな機体よりも苛烈な、橙色の「意志」が宿っていた。

「……リト、行くよ。僕たちの、本当の初陣だ」

 バベルの荒野に、重力すら凍りつかせる物理の旋風が吹き荒れようとしていた。

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