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幕間:泥の天才《ジャンク・マイスター》――ロキの独白

 あいつが、あの赤い「粗大ゴミ」を引きずって霧の向こうから現れた時。

 俺は、自分の心臓が、まるで焼き付いたエンジンのように嫌な音を立てて跳ねるのを感じた。

 周りの連中は「またカイが無茶しやがって」とか、「あんなボロ、一歩歩くたびに崩れるぞ」なんて笑ってた。バルガスの親父も、シエラ姉さんだって、呆れた顔を隠しもしなかった。

 ……だけど、俺だけは違った。

 いや、違ってしまった。

 俺は、バベルの路地裏で生まれた。

 親の顔なんて知らねえ。物心ついた時には、オイルの滴るジャンクの山を這いずり回って、まだ息をしてる魔導パーツを剥ぎ取って売る、ただの「ネズミ」だった。

 俺には、昔から変なくせがある。

 鉄を見ると、その機体がどうやって死んだのか、どこが「痛い」のかが、視覚情報として脳内に流れてくるんだ。

 こいつは帝国の最新鋭機に撃ち抜かれた。こいつは無理な出力強化で心臓コアが爆ぜた。

 鉄は、嘘をつかねえ。語りかけてくる真実は、いつも残酷で、それでいて美しい。

 俺はその「声」を頼りに、死んだ鉄を継ぎ接ぎして、ガンドックの機体を作り上げてきた。それが俺の誇りだったし、この世界で生きていくための唯一の武器だった。

 だから、わかったんだ。

 カイが連れてきたあの「赤い何か」を見た瞬間。

 俺の全身の肌が、見たこともない猛獣に出くわしたみたいにあわ立った。

(……なんだよ、あれ。……なんで、動いてるんだ?)

 俺の「眼」が、あの機体を解析しようとして拒絶された。

 あんなの、理屈に合わねえ。装甲はボロボロで、右腕の付け根からは油が漏れ、脚部のジョイントなんて、今にも折れそうなほど歪んでる。

 普通なら、あんなの《魔導スロット》を百枚差したって、指一本動かせねえはずなんだ。魔力の循環経路ラインが死んでる。この世界の「常識」で言えば、あれはただの棺桶だ。

 なのに。

 あのガラクタは、確かに自分の足で地面を掴んでた。

 バベルの硬いアスファルトを、意思を持って踏みしめてた。

 

 何より寒気がしたのは、あの機体から「魔力マナ」の匂いが一切しなかったことだ。

 この世界のすべての機体は、魔力を燃やして動く。火を焚けば煙が出るように、動けば必ず「魔力の残滓」が周囲に散る。それが機体の『体温』だ。

 だけど、あの赤い奴は、死人のように冷たかった。魔力の排熱が、一滴も漏れてねえ。

 代わりに、機体の深淵から響いてくるのは、心臓を直接握り潰されるような、重厚で純粋な「物理的な拍動」だけだ。

「……拾ったんだ。……どうしても、放っておけなくて」

 カイは、煤まみれでそう言った。

 あいつ、自分が何をやったのか分かってんのか?

 魔導核オーブに火を灯すこともできねえ「無能バイアス・ゼロ」のあいつが、この世界のことわりをすべて踏み越えた「化け物」の封印を解いちまったんだ。

 俺は、あいつがコクピットから降りてくるのを、ただ呆然と見てるしかなかった。

 あいつがリト――そう呼んでたか――の装甲に触れた時、一瞬だけ、機体の奥にある真空管が、夕焼けみたいな橙色に灯った。

 それは、媚びるような魔力の発光じゃねえ。

 「今、この瞬間に、私たちはここにいる」という、強烈な生の叫びだった。

(……負けたな、俺)

 ふと、そんな思いが頭をよぎった。

 俺はこれまで、鉄の「壊れ方」を知っているつもりだった。鉄の「癒し方」を知っているつもりだった。

 だけど、カイが見つけたあの赤い奴は、俺が一生かけても辿り着けねえ、別の次元の「真実」をまとってる。

 バルガスの親父やシエラ姉さんは、あれを「粗大ゴミ」だって笑ってる。

 それでいい。それでいいんだ。

 もし、あれが「ただのゴミ」じゃねえってことに、帝国アルカディアの奴らが気づいちまったら……。

 このバベルどころか、七国全部が、あいつらが放つ「熱」で焼き尽くされちまう。

「……おい、カイ。……そのボロ。……あとで、俺にも中を見せろよ」

 俺は、震える声を隠して、ぶっきらぼうに言った。

 カイはいつものように、困ったような、それでいてどこか晴れやかな顔で笑った。

「うん。……ロキなら、きっと分かってくれると思うんだ。この子が、どれだけ頑張って耐えてきたか」

 ……分かってるよ。

 分かってるから、怖いんだよ。

 俺は自分のポケットの中で、使い慣れたスパナをぎゅっと握りしめた。

 カイ、お前。

 自分が拾ってきたのが、ただの機体じゃなくて、世界を真っ二つに叩き切る「審判の刃」だってことに、いつ気づくんだろうな。

 夜明けのガンドック。

 俺の「眼」に映る赤い機体は、朝日を浴びて、まるで血を浴びた戦神のように、静かに笑っているように見えた。

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