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第六幕エピローグ:白銀の帰還、あるいは燃え落ちる時計盤

神聖アルカディア帝国、北東部『シュバルツ辺境伯領』。

 開拓村を焼き払おうとしていた教国軍の別働隊は、雪原を真紅に染める物理の猛威の前に沈黙した。だが、領内への侵入を許した敵は彼らだけではなかった。

「――第2中隊、右翼の防衛線を下げろ! 俺が壁になる!!」

 猛吹雪の中、ユーゴー・フォン・シュバルツの咆哮が戦場を震わせた。

 白銀の巨神シュネー・ヴァイスが、雪を蹴立てて戦列の最前線へと躍り出る。

 迫り来る教国軍の白亜の魔導鎧アームド・メイジが、極彩色の糸に操られた完璧な連携で魔導砲の斉射を放つ。だが、ユーゴーは回避しなかった。

「オオオオオオッ!!」

 彼は機体の自律演算を完全に切り捨て、自らの体内に宿る莫大な魔力マナのすべてを、生身の神経と機体の人工筋肉を繋ぐ「物理的な出力」へと強制変換した。

 巨大な大剣《無塵》を大地に突き立て、機体そのものを強固な「盾」とする。

 ズガァァァァァァンッ!!

 魔導の光波が白銀の装甲に直撃し、爆炎が周囲の雪を瞬時に蒸発させる。だが、爆煙が晴れた後には、一歩たりとも退かずに立ち塞がるユーゴーの姿があった。

 彼が堰き止めた射線の先では、領民たちがシュバルツの騎士に守られながら、安全なシェルターへと避難を完了しようとしていた。

「若……! 敵の波状攻撃、完全に停止しました! 後続の敵機も、若の姿を見て恐れをなしたのか陣形を崩しております!」

 副官ウルリッヒが、漆黒の機体から驚嘆の声を上げる。

 一条澪の操る「感情のない完璧な群れ」であっても、目の前にある絶対的な物理の質量――絶対に抜けない壁を前にしては、演算に致命的なエラーをきたさざるを得ないのだ。

「……フッ。どうやら、あいつはようやく『自分の戦い方』を見つけたようだな」

 後方の本陣。戦況を見守っていたシュバルツ辺境伯が、深く皺の刻まれた顔に満足げな笑みを浮かべた。

 かつてのユーゴーは、自らの内に抱えた焦燥と闘争心を満たすためだけに、常に最前線へと突出する「鋭すぎる剣」だった。

 だが今の彼は、領民を背にかばい、味方の生還を最優先とする戦い方を徹底している。圧倒的な武を誇りながらも、泥に塗れて大地を踏みしめるその姿は、まさしくシュバルツの名を継ぐ『真の盾』そのものであった。

「全機、追撃は不要だ! 領民の安全確保と、負傷者の救護を最優先とせよ!」

 ユーゴーが剣を納め、部隊に指示を飛ばす。

 教国の残党は完全に沈黙し、領地には疲労と安堵の入り混じった、重く静かな空気が戻り始めていた。

 ユーゴーは《シュネー・ヴァイス》のハッチを開け、凍てつく冷気を肺の奥深くまで吸い込んだ。

 眼下には、雪と泥にまみれながらも、生き延びた喜びで抱き合う領民たちの姿がある。

(……守り抜いたぞ、カイ。お前が繋いでくれた命を)

 ユーゴーはふと、北の空――『氷刃の谷』の方角を見上げた。

 猛吹雪で視界は遮られているはずだった。だが、研ぎ澄まされた彼の感覚は、あの死の谷の奥底で、空の色が微かに赤く、異常な熱量を帯びて明滅しているのを感じ取っていた。

(あのバケモノを止めるために、力を蓄えているんだな)

 ユーゴーは、遠い空へ向けて静かに誓いを立てた。

(……無事にやり遂げろよ、親友カイ。お前が目覚めた時、この世界が化け物に呑まれているような無様は晒さない。……次に会う時は、お互い最高の状態で、あの日の続きをしよう)

 領地の安全が確保され、ユーゴーが機体を冷却モードへ移行させようとした、その時だった。

『――緊急通信!! 緊急通信ッ!! ユーゴー・フォン・シュバルツ特務騎士殿、応答願います!!』

 通信回路に、悲鳴のような帝都からの緊急暗号通信が割り込んできた。

「俺だ。どうした、西方の教国本隊に動きがあったか!?」

『ち、違います!! 帝都……帝都アルカディアが……ッ!』

 通信兵の声は、恐怖と絶望で完全に泣き崩れていた。

『皇帝陛下が……近衛武官の凶刃に倒れ、崩御されました!!』

「……なっ、なんだと!?」

 ユーゴーの頭を、鈍器で殴られたような衝撃が貫いた。

 皇帝が暗殺された? 帝都の、しかも皇帝の懐刀である近衛武官によって?

『敵は外からではありません! 帝都守備隊の半数が突如として反乱を起こし、同士討ちを始めました! 街は火の海です! 防衛線は内部から完全に瓦解しました!』

 ――見えない糸。

 ユーゴーの脳裏に、黒鉄の峡谷で対峙した、あの極彩色の肉塊の記憶がフラッシュバックする。

 あの化け物(澪)は、最初から帝都の「内側」に糸を張り巡らせていたのだ。完璧な時計盤のように統制されていた帝国は、その精密さゆえに、たった一箇所の中枢のバグで自己崩壊を起こした。

『……カイゼル閣下からの最後の通信によれば……皇族の方々は全滅。フィオナ殿下も、行方不明とのことッ……通信、途絶しま、す……!』

 ザザァァァンッ……!!

 凄まじい爆発音と共に、帝都からの通信は完全にノイズの海へと沈んだ。

「フィオナ、殿下が……」

 ユーゴーの目の前が、真っ暗になった。

 脳裏に浮かぶのは、自分が異端の剣を振るい、誰からも「欠陥品」と冷ややかな目を向けられていた時、ただ一人、あの時計盤のような冷たい帝都の中で、自分を信じて待ってくれていた少女の笑顔。

『ユーゴー様。貴方の戦い方は……私にとっての、確かな真実ですわ』

 彼女が、あの極彩色の化け物たちが跋扈ばっこする炎の街を、たった一人で逃げ惑っている。

「……ウルリッヒ!!」

 ユーゴーは、血を吐くような声で吼えた。

「機体の冷却は中止だ! スラスターの制限を全解除しろ!!」

「わ、若!? まさか、このまま帝都へ向かわれるおつもりですか!?」

 ウルリッヒが驚愕の声を上げる。

 機体もパイロットも、限界のその先にいる。このまま全開で帝都まで走れば、人工筋肉も魔力回路も焼き切れ、命の保証はない。

「行かなければならない! あそこに、俺が絶対に護り抜かなければならない人がいるんだ!!」

 ユーゴーは、シュネー・ヴァイスの操縦桿を限界まで押し込んだ。

 白銀の機体から、危険なほどの赤い排熱の蒸気が噴き上がる。

 親友への再戦の誓いを北の空に預け、白銀の英雄は今度は「一人の少女を護る騎士」として、燃え盛る帝都へ向けて再び弾丸のように駆け出していった。

 極彩色の絶望が、世界を飲み込もうとしていた。

【第六幕:帝国動乱編 完】

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