第八十八話『星の原液、宿命の親子』
黄金の光に包まれた「同期試験」の余韻が、ゆっくりと聖域の空気に溶けていった。 三体の守護騎士は光の粒子へと還り、再び大樹の根元へと吸い込まれていく。静寂が戻った空間で、リオスは剣を杖代わりにし、激しく肩で息をしていた。
「……はぁ、はぁ……。終わった、のか……?」
右半身の黒い結晶が、かつてないほど激しく明滅している。しかし、それは破壊を求める渇きではなく、大樹の律動と無理やり接続されたことによる過負荷に近いものだった。
『――同期完了。基準値への到達を確認しました。汝らを一時的に、この庭の「代行管理人」として登録します。』
黄金の瞳を持つ管理端末の幻影が、リーナの前へと歩み寄った。彼女がそっと手をかざすと、大樹の幹の一部が波紋のように歪み、中から目も眩むような輝きを放つ、一輪の花の蕾に似た結晶体と、その内部に満ちる黄金の液体がせり出してきた。
『「開律の接芽」、および「星を紡ぐ原液」を解放します。』
「星を紡ぐ原液……。これが、長老様の言っていた触媒の正体だというのか……」
傍らにいたヴァラが、信じがたいものを見るように呟いた。ゲイル・テトラで数千年語り継がれてきた伝説の物品が、今、未知の呼称と共にその姿を現している。
「……ネクター(原液)。先ほどの幻影が使った比喩をそのまま受け取るなら、ということになりますが……」
エリアスが震える手で眼鏡を直しながら、その輝きを仰ぎ見た。
「枯れ果てた大地を潤し、世界を再定義するための……まさに星の原血、ということなのでしょう」
『それと同時に、再誕の術式を「導き手」の記憶領域へ転送します。』
端末の指先がリーナの額に触れた瞬間、彼女の脳裏に、幾千もの星の巡りと、世界の理を書き換えるための膨大な数式――あるいは「庭園の剪定図」が流れ込んだ。
「……っ……ぁ……!」
リーナはあまりの情報量に意識が遠のきそうになるが、胸元の『心珠』が碧く輝き、彼女の精神を繋ぎ止める。
「……わかった。やり方は、分かったわ。……でも、これをするには……」
リーナの顔が、絶望に似た色に染まる。それを見たゼノスが、鋭く問いかけた。
「どうした、リーナ。何が必要なんだ」
「……この『原液』を活性化させるには、膨大なエネルギーを燃やすための……『火種』が必要なの。……リオス、あなたの右腕にある『エラー』……その力を逆流させて、再誕のための燃料にしなきゃいけない……」
それは、リオスを救うための儀式であると同時に、リオスという「器」を世界の部品として使い潰す可能性を示唆していた。
その時だった。
突如、聖域の入り口方向から、黄金の光を塗り潰すような不吉な闇が押し寄せてきた。
「――やはり、ここにあったか。星の心臓部、庭師の残滓が」
地を這うような重低音の声。 一行が弾かれたように振り返ると、そこには黒鋼のフルプレートアーマーに身を包み、禍々しい紋様の刻まれた大剣を携えた一人の男が立っていた。
「……ッ!!」
その姿を見た瞬間、ゼノスとリオスの全身に戦慄が走った。 忘れもしない。あの日の夜明け、朝靄を切り裂いてウィスパーウッドを火の海に変え、平穏な日常を粉砕したあの『将軍』の姿そのものだった。
「親父……」
ゼノスが短剣を構え、喉を鳴らす。 現れたのは、闇の盟約者の盟主、ゼフィアン。 彼はゆっくりと、しかし圧倒的な威圧感を放ちながら歩みを進める。その冷徹な視線は、背後にある大樹の中枢だけを射抜いており、目の前に立つゼノスを一介の「妨害者」としてしか捉えていないようだった。
「どけ、小僧。一族の影を纏いながら、エルフの傀儡に成り下がったか。……我が野望の邪魔をするならば、例外なく塵に還すのみだ」
ゼフィアンの声には、息子であるゼノスに対する情愛はおろか、認識すら感じられなかった。幼い頃に別れたきりの親子。ゼフィアンにとって、目の前の青年は一族の技を齧っただけの、名もなき守護者の一人でしかなかった。
「……させねぇよ。ここは、あんたが踏み込んでいい場所じゃない」
リオスがフラつく足取りで立ち上がり、『星喰の剣』を構える。彼の右目の燐光が、ゼフィアンの纏う闇と共鳴し、空間がパチパチと軋むような音を立て始めた。
「リオスくん、いけません! 今のあなたの身体で戦えば、内側から崩壊します!」
エリアスの警告を無視し、リオスは一歩前に出る。 監視役として沈黙を守っていたヴァラも、その手に持つ二本の曲刀を静かに引き抜いた。
「ゼノス……。あれが、一族の理を捨て、黒律に魂を売った裏切り者か」
彼女の声は、かつてないほど低く冷徹だった。
世界の心臓部。 かつての故郷を焼き尽くした恐怖の象徴と、今の自分たち。 宿命と未来が交差する、最後の激突が始まろうとしていた。
卓上の語り部でございます。
第八十七話『星の原液、宿命の親子』をお届けいたしました。
ついに手に入れた、世界を救うための「再誕の法」。しかし、その発動にはリオスの右腕に宿る「虚ろ」を燃料として燃やし尽くすという、あまりに過酷な代価が必要であることが明らかになります。
そして、最悪のタイミングで現れた最強の宿敵、盟主ゼフィアン。 ウィスパーウッドを襲撃した「あの日の夜明け」と同じ黒鋼の鎧に身を包んだその姿は、リオスとゼノスにとって消えることのない絶望の象徴です。しかし、ゼフィアン自身はゼノスを息子と気づかず、冷酷な言葉を投げかけます。
リオスの右腕に宿る「負のエネルギー」、大樹の「正の原液」、そしてゼフィアンの「黒律」。 すべての要素がこの聖域の一点に集約され、物語はいよいよ最大の決戦へと突入します。
次回、宿命の親子対決。ゼノスの選ぶ「抑制」の真価が問われます。 どうぞお見逃しなく。
P.S. 本作の世界観設定や用語解説などは、Webサイト「Table Talker's Log」にて随時更新しております。
https://tabletalker.info/category/avelia/
卓上の語り部より、敬具。




