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アヴェリア物語 〜これは、一人の青年の復讐から始まる、星の運命に抗う物語〜  作者: 卓上の語り部


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第八十二話『交錯する双刃、風が運ぶ面影』

 里の最上層に設けられた『回天の試練』の舞台は、断崖に突き出した円形の石舞台だった。 遮るもののない吹きっさらしの岩場には、常に強烈な山風が吹き荒れている。一歩踏み外せば、奈落の底へ真っ逆さまだ。


「……良い風だ。貴様の血を散らすには、あつらえ向きだな」

 ヴァラが二本の曲刀を抜き放ち、ゆらりと構えを取る。 その姿は自然体でありながら、周囲に渦巻く風と完全に同調していた。彼女自身が、風の一部であるかのように。


「フン。生憎だが、俺の血は安くない」

 ゼノスもまた、『影纏いの短剣』を逆手に構え、重心を低くする。 対峙した瞬間、肌が粟立つような感覚が走った。


(……なんだ、この感覚は)

 ゼノスは眉をひそめる。 殺気とは違う。目の前の相手から放たれる律動の波長が、自分のそれと不気味なほど似通っているのだ。鏡を見ているような、あるいは失われた半身と対峙しているような、奇妙な懐かしさと違和感。


「行くぞ、裏切り者の末裔!」

 ヴァラの姿が掻き消えた。 いや、風に乗ったのだ。目にも止まらぬ速さでゼノスの懐に飛び込み、左右の曲刀による連撃を繰り出す。

 キィン、ガガガガッ!

 金属音が連続して響き渡り、火花が散る。 ゼノスは短剣でその全てを弾き、受け流していたが、その表情は険しい。


(速い……! だが、それだけじゃない)

 ヴァラの剣筋は、鋭く、そして重い。 風の律動を刃に乗せ、加速と質量を上乗せしている。それはかつて、幼い頃に祖母から教わったゲイル・テトラの基本剣技そのものだった。だが、洗練の度合いが違う。


「どうした! 防戦一方か!」

 ヴァラが旋風のような回転斬りを放つ。 ゼノスはバックステップで回避するが、頬に浅い切り傷が走った。


「その短剣……『影纏い』を持ちながら、なぜ使わぬ! 貴様の父、ゼフィアンが得意とした、あの忌まわしき影の技を!」

 ヴァラの言葉に、憎悪が滲む。 彼女の脳裏には、幼き日に見た背中が焼き付いていた。里を捨て、禁忌を求めて去っていった男。その男が使っていた技と、目の前の青年の構えは、残酷なほどに重なっていた。


「……親父が得意だった、だと?」

 ゼノスは口元の血を拭い、静かに笑った。


「悪いが、俺の技は親父譲りじゃない。生き残るために、泥水をすすって身につけた俺自身の技だ」

 ゼノスの足元の影が、爆発的に膨れ上がった。 『影纏い』。自身の律動を影に変換し、身体能力を限界まで引き上げる。


「ハァッ!」

 今度はゼノスが仕掛けた。 黒い疾風となってヴァラに肉薄し、目にも留まらぬ刺突の雨を降らせる。


「くっ……!」

 ヴァラが初めて表情を歪め、防御に回る。 影と風。黒と緑の律動が激しく衝突し、周囲の岩盤を削り取っていく。

 その攻防の中で、二人は同時に感じていた。 呼吸のタイミング、踏み込みの深さ、刃を振るう角度。 すべてが噛み合い、すべてが反発する。


(なぜだ……なぜ、この男の剣は、こんなにも私の呼吸に馴染む?)

 ヴァラは困惑していた。憎むべき裏切り者の息子。殺すべき敵。 なのに、刃を交えるたびに、遠い昔に失った「片割れ」を見つけたような、温かい共鳴が魂の奥底で響く。


「……チッ。やりづらい相手だ」

 ゼノスもまた、同じ思いを抱いていた。 だが、迷っている暇はない。リオスの命がかかっているのだ。


「終わりにするぞ!」

 ヴァラが距離を取り、二本の曲刀を頭上で交差させた。 彼女の周囲の風が、一点に収束していく。


「風よ、罪人を切り刻め! 秘儀『双嵐そうらん』!」

 圧縮された風の刃が、巨大な十字となってゼノスに襲いかかる。回避不能の広範囲攻撃。


「(……そこだ)」

 だが、ゼノスは逃げなかった。 彼は迫りくる暴風の「核」――ヴァラが律動を制御している一点を、鋭く見据えた。

 彼には見える。風と刃を繋ぐ、不可視の供給線パスが。


「断ち切れ……『影絶かげたち』!」

 ゼノスが真正面から突っ込み、短剣を一閃させた。


 ヒュンッ。


 音が消えた。 暴風がゼノスの鼻先で霧散し、ただの微風となって頬を撫でる。 エネルギーの供給を断たれたヴァラの技は、形を成さずに崩壊したのだ。


「な、に……!?」

 ヴァラが驚愕に目を見開いた瞬間、ゼノスの短剣が彼女の喉元に突きつけられていた。 寸止め。 短剣の切っ先が、ヴァラの白い肌に触れるか触れないかの距離で静止している。


「……勝負あったな」

 ゼノスが静かに告げた。 広場を支配していた風が止み、静寂が戻る。


「……なぜ、殺さなかった」

 ヴァラが震える声で問う。彼女の技を正面から破り、命を奪う隙は十分にあったはずだ。


「俺はお前たちを殺しに来たんじゃない。……仲間を助けに来ただけだ」

 ゼノスは短剣を引いた。


「それに……お前の剣からは、迷いを感じたんでな。迷ってる奴を斬るのは、趣味じゃない」

「迷い……私が……?」

 ヴァラはその場に崩れ落ちそうになり、膝をついた。 彼女は認めたくなかった。だが、刃を交えた瞬間、彼の中に感じた「同胞」としての懐かしさが、最後の一瞬で彼女の刃を鈍らせたことは事実だった。


「勝負あり!」

 長老の声が響き渡る。 里の民たちは、息を呑んでその光景を見守っていた。よそ者が、最強の守護者の一人を、技でねじ伏せたのだ。


「見事だ、ゼノス。お前は力と、そして何より『抑制』を示した」

 長老が玉座から立ち上がり、厳かに告げた。


「約束通り、その男……リオスの身柄は我らが預かろう。……ヴァラよ、案内せよ」

「……はっ」

 ヴァラは仮面の下で唇を噛み締め、立ち上がった。 その視線は、悔しさと、それ以上に複雑な感情を宿してゼノスに向けられていた。


「……ついて来い。汚染者の治療を始める」

 ゼノスは短剣を鞘に納め、大きく息を吐いた。 試練は乗り越えた。だが、彼の中に芽生えたヴァラへの奇妙な親近感と、父ゼフィアンへの疑念は、消えるどころかより深まっていた。

 風の隠れ里での夜は、まだ始まったばかりだった。

卓上の語り部でございます。

第八十二話『交錯する双刃、風が運ぶ面影』をお届けいたしました。


里の最強の戦士ヴァラとの一騎打ち。それは単なる武力のぶつかり合いではなく、互いのルーツと信念を問う戦いでした。 ゼノスの『影絶ち』は、相手を殺傷するためではなく、相手の技(律動)そのものを無力化するために振るわれました。これは彼が単なる殺し屋ではなく、力を制御する「抑制者」としての資質を開花させていることの証左でもあります。


試練を乗り越え、リオスの治療への道が開かれました。 しかし、里の長老が語る「父ゼフィアン」の過去、そしてリオスの右腕に宿った「虚ろ」の処遇。問題は山積みです。


次回、里の深部で語られる真実とは。物語はさらに核心へと迫ります。


P.S. 本作の世界観設定や用語解説などは、Webサイト「Table Talker's Log」にて随時更新しております。

https://tabletalker.info/category/avelia/


卓上の語り部より、敬具。

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