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アヴェリア物語 〜これは、一人の青年の復讐から始まる、星の運命に抗う物語〜  作者: 卓上の語り部


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第七十九話『風の隠れ里、断絶された絆』

 背後で轟く岩盤の崩落音が、暗い坑道に反響していた。

 リオスたちは、風のように速い戦士の背を追い、必死に足を動かす。意識を失いかけているリオスの体重が、支えるゼノスとエリアスの肩に重くのしかかっていた。


「……あ、つい……右腕が……」

 リオスの呻き声が、湿った坑道に響く。

 彼の右半身を侵食する黒い結晶は、日光の届かない暗闇でさえ、禍々しい燐光を放っていた。その光が脈打つたびに、周囲の空気が歪み、物理的な重圧となってリーナたちの肌を刺す。


「しっかりして、リオス! もうすぐ……もうすぐのはずよ」

 リーナは自分の律動を必死に抑え込み、リオスの内なる「飢え」を刺激しないよう細心の注意を払っていた。彼女の胸元の心珠は、濁った水を浄化しようとするかのように、必死に碧い光を放ち続けている。

 どれほどの時間、暗闇を駆け抜けたのか。

 不意に、前方の冷たい空気が、かすかに花の香りと土の匂いを含んだ「生きた風」へと変わった。


「――着いたぞ。ここから先、許可なき者は一歩も動くな」

 案内役の戦士が足を止める。

 そこは、断絶の山脈の深部に隠された、巨大な縦穴の中に築かれた里だった。

 見上げれば、遥か高みに切り取られた空から、幾筋もの陽光が天光となって降り注いでいる。岩壁には無数の住居が穿たれ、それらを繋ぐ吊り橋や足場が、複雑な蜘蛛の巣のように張り巡らされていた。

 そこは、ゼノスがかつて祖母の語りの中でしか聞いたことのない、ゲイル・テトラの隠れ里。

 だが、彼らを迎えたのは、温かい歓迎ではなかった。


「……なんだ、あの禍々しい気配は」

「『虚ろ』だ。間違いない、封印が破られたのか!?」

 吊り橋の上や住居の陰から、里の民たちが次々と姿を現す。

 誰もが獣の毛皮を纏い、鋭い風の律動を放っている。彼らの視線は、異端の力を右腕に宿したリオスへと、突き刺さるような敵意と共に向けられた。


「ヴァラ、説明しろ! なぜそのような『汚染者』を里に招き入れた!」

 一人の筋骨逞しい男が、高台から飛び降りるようにして現れた。その手には、巨大な旋風を纏う長槍が握られている。男――ガルンは、案内してきた戦士の前に立ち、鋭い眼光を放った。

 ヴァラと呼ばれた戦士は一歩も引かず、仮面の奥から低く答える。


「独断で処断するには、同行者に『鍵を継ぐ娘』と『影纏いの継承者』がいた。里の長老たちの判断を仰ぐべき事案だ」

「鍵……? あの娘がか」

 ガルンの鋭い目がリーナを射抜く。リーナは一瞬怯んだが、リオスの手を離さず、真っ直ぐに男を見返した。


「リオスは、みんなを守るために戦ったの! この力が……この剣がなかったら、今頃ここは盟約者の手で本当の地獄になっていたわ!」

「えぇ、私たちが保証します。彼は最後まで、その意志を失わなかった」

 リーナの言葉に続くように、エリアスも冷静に、しかし断固とした口調で告げた。

 だが、ガルンの殺気は収まらない。彼は槍の穂先をリオスの喉元へ向けた。


「意志など関係ない。その男が宿しているのは、この里が数千年をかけて封じ、遠ざけてきた世界の理から外れたもの……『原初の虚ろ』そのものだ。器がいつ壊れるか、誰にも分からぬ。里を滅ぼす種を、生かしておくわけにはいかない」


「――そこまでだ、ガルン」


 その時、里の最上層から、風を裂くような高く澄んだ声が響き渡った。

 里の民たちが一斉に膝をつき、道を開ける。現れたのは、長い銀髪を風に靡かせた、小柄な老婆だった。その瞳は濁り、光を失っているように見えたが、彼女が放つ律動の静謐さは、これまでの誰よりも深く、鋭かった。


「長老……」

「災厄の器を抱えし若者よ。そして、遠き地で誇りを捨てず生き延びた同胞よ。よくぞ辿り着いた」

 長老と呼ばれた老婆は、音もなくリオスの前まで歩み寄ると、その盲いた瞳をじっと彼の右腕に向けた。

「この男の右腕に定着しているのは、もはや単なる力ではない。宿命だ。……そして、この澱んだ『虚ろ』を一時的にでも沈められるのは、我らゲイル・テトラが守り続けてきた『律動の再誕』への布石のみ」

「長老! それをこの余所者に教えるというのですか!」

 ガルンの叫びを、長老は手で制した。


「世界はすでに綻んでいる。この男がその綻びの一部を自ら引き受けたというのなら……それもまた、風の流れ。……ヴァラ、その者たちを『静寂の間』へ。治療を施し、審判を待つがいい」

 長老はそう言い残し、風のように姿を消した。

 ゼノスは、槍の男――ガルンの剥き出しの敵意を感じながら、ようやく少しだけ力を抜いた。


「……助かったみたいだな、リオス」

 だが、リオスからの返事はなかった。

 彼の右腕の黒い結晶は、里の清浄な空気に触れた反動か、これまで以上に激しく脈打ち、その全身を冷たい紫色の汗が覆っていた。

卓上の語り部でございます。

第七十九話『風の隠れ里、断絶された絆』をお届けいたしました。


崩落する戦場を抜け、一行が辿り着いたのは、ゼノスのルーツである「ゲイル・テトラの隠れ里」でした。しかし、そこは単なる安全な避難所ではなく、リオスが宿してしまった禁忌の力に対する、激しい恐怖と拒絶が渦巻く場所でした。


里の戦士たちの敵意、そして長老が口にした「宿命」という不穏な言葉。リオスの右腕の侵食は刻一刻と進み、里の清浄な律動ですら彼にとっては苦痛に変わるという皮肉な展開となっています。


リーナの力強い肯定や、ゼノスの静かな決意。そしてエリアスの冷静な助言。極限状態にある彼らが、この閉鎖的で誇り高い里の民たちとどう向き合い、「律動の再誕」へのさらなる手がかりを掴むのか。


物語は、里を舞台にした新たな対話と試練へと移ります。どうぞお楽しみに。


P.S. 本作の世界観設定や用語解説、登場人物たちのこれまでの歩みなどは、Webサイト「Table Talker's Log」にて随時更新しております。激闘の合間に、ぜひ設定の裏側も覗いてみてください。

https://tabletalker.info/category/avelia/


卓上の語り部より、敬具。

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