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アヴェリア物語 〜これは、一人の青年の復讐から始まる、星の運命に抗う物語〜  作者: 卓上の語り部


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第七十七話『静寂の奈落、綻びの兆し』

 盟約者のリーダーが消滅した跡には、焦げ付いた大地と、熱に浮かされるような歪な律動の残滓だけが漂っていた。 あれほど地下ドームを揺るがしていた怒号も、機械の駆動音も、今はもう聞こえない。あるのは、主を失った施設が自壊を始めたことを告げる、遠い岩盤の軋み音だけだった。


「終わった……のか?」

 ゼノスが壁に背を預けたまま、絞り出すような声で呟いた。全身の傷口から流れる血の感覚が、ようやく戦いの終わりを実感させる。

 だが、リオスはまだ「戦って」いた。


「ハァ、ハァ……ハァッ……!!」

 祭壇の端で立ち尽くすリオスの周囲では、未だに青白い火花がパチパチと音を立てて爆ぜている。彼の右半身を覆う漆黒の結晶は、脈打つたびに肉体に深く食い込み、神経を灼き切るような熱を発していた。


「リオスくん!」

 エリアス先生が駆け寄ろうとするが、本能的な警鐘が彼の足を止めた。 リオスから放たれる気配は、もはや生物のそれではない。すべてを吸い込み、無へと還す「虚空」そのものがそこに立っているかのようだった。


「待って、先生……。今のリオスには、触れちゃダメ」

 リーナが震える声でエリアス先生を制した。彼女の「耳」は、今のリオスの内側で鳴り響く、底なしの飢餓感を捉えていた。それは、これまで感じたどんな邪悪な律動とも異なる、世界そのものを否定するかのような虚無の音だ。


「リオス……お願い、自分を取り戻して。もう敵はいないのよ」

 リーナは祈るように言葉を紡ぎ、一歩ずつ、慎重に彼に近づく。


「……リ……ナ……?」

 リオスが掠れた声で応えた。 燃えるような青白色を宿した右目が、ゆっくりと彼女を捉える。その瞳の奥には、正気と、すべてを破壊し尽くしたいという渇望が、濁流のように入り混じっていた。


「えぇ、私よ。終わったの。だから……もう、いいのよ」

「……あ、つい……。右腕が……中から喰われてるみたいだ……」

 リオスの身体が大きくよろめいた。 主人の意志が途切れたことで、暴走していた『星喰の剣』の飢餓感が、行き場を失ってリオス自身の律動いのちを削り始めたのだ。


「リオス!」

 リーナがたまらず駆け寄り、倒れ込む彼の身体を抱きとめた。 その瞬間、彼女は激痛に顔を歪めた。リオスの右半身から伝わってくるのは、魂を直接掴まれるような不快な律動。黒い結晶がリーナの腕に触れただけで、その生命力を吸い取ろうとチリチリと反応する。


「……っ……大丈夫……。絶対に、離さないから……」

 リーナは自分の律動を必死に同調させ、リオスの荒れ狂う内側を宥めていく。かつて賢者の塔でアルキデウスに託された『心珠』が、彼女の胸元で優しく、しかし力強く鼓動し、リオスの闇を押し返していた。


「……ひどい有様だな、お前も」

 ゼノスがエリアス先生の肩を借りて歩み寄り、自嘲気味に笑った。その顔には、親友を救えた安堵と、変わり果てたその姿への戸惑いが同居していた。


「……ゼノス……。すまねぇ……」

「謝るな。生き残ったんだ、文句はないさ」

 ゼノスはそう言いながらも、リオスの右腕に焼き付いたまま定着してしまった不気味な紋様を見つめた。


「先生……リオスのこの状態、どう見る?」

 ゼノスの問いに、エリアス先生は沈痛な面持ちで首を振った。


「『原初の虚ろ』の一部を、自身の律動として定着させてしまった。これはもはや、単なる武器の行使ではありません……。彼の肉体そのものが、歪んだ律動の『器』へと変質し始めています」

「……まだだ」

 リオスが意識を失う寸前、リーナの腕の中で途切れ途切れに言葉を漏らした。


「まだ……終わってねぇ……。探さなきゃなんねぇんだ……ゲイル・テトラの生き残りを……」

 彼は痛みに顔を歪めながらも、その瞳には揺るぎない意志を宿していた。


「『律動の再誕』……それさえ成し遂げれば、この歪んだ世界を、元に戻せるはずだ……。ここで倒れるわけには……いかねぇんだ……」

 自分の体よりも、世界の修復を。 その執念だけで意識を繋ぎ止めているリオスの姿に、リーナは涙をこらえて頷いた。

 しかし、その静寂を引き裂くように、頭上の瓦礫から冷徹な声が降ってきた。


「――愚かな。封印を解いただけでは飽き足らず、その身に『罪』を宿したか」


「ッ!?」

 ゼノスが弾かれたように顔を上げ、短剣を構える。 崩れ落ちた石棺を見下ろす高台に、一つの人影が立っていた。


「誰だ!」

「この地で数千年、その禍々しき『虚ろ』を監視し続けてきた者だ。……よもや、同胞の生き残りが、禁忌を冒す手助けをしていようとはな」

 影が音もなく舞い降りる。 現れたのは、獣の毛皮と特殊な織物を組み合わせた装束を纏い、顔を仮面で隠した戦士だった。その手には、風を纏うような二本の曲刀が握られている。

 戦士は、粉々に砕け散った石棺と、リーナの腕の中で黒い結晶を脈動させているリオスを、憎悪と戦慄の混じった目で見据えた。


「我らゲイル・テトラが命を賭して繋ぎ止めてきた『原初の虚ろ』……。それを自ら喰らい、肉体に取り込むなど、もはや人の成せる業ではない。その男は、生かしておいて良い存在ではない」

「待て! こいつは化け物なんかじゃない!」

「黙れ、同胞の恥晒しが。その男が完全に『虚ろ』に呑まれ、新たな災厄の依代となる前に……ここで魂ごと断ち切らせてもらう。それが、守護者の務めだ」

 戦士の殺気が膨れ上がる。その構え、空気の動かし方……ゼノスには分かった。目の前の相手は、自分と同じ、あるいはそれ以上の高みにある『影』と『風』を操る一族の、本流を継ぐ戦士だ。


 戦士の姿が、陽炎のようにかき消えた。

卓上の語り部でございます。

第七十七話『静寂の奈落、綻びの兆し』をお届けいたしました。


断絶の山脈における死闘を終え、一行を待ち受けていたのは、安息ではなくさらなる過酷な試練でした。 「原初の虚ろ」をその身に宿してしまったリオス。彼を突き動かしているのは、もはや生存本能ではなく、世界を修復する「律動の再誕りつどうのさいたん」への執念だけかもしれません。変わり果てた彼の姿を抱きしめるリーナ、冷静に分析しつつも危惧を隠せないエリアス先生、そして同胞から「恥晒し」と罵られるゼノス。それぞれの想いが、かつてないほどに揺さぶられています。


そして、ついに現れたゲイル・テトラの生き残り。しかし彼らは、リオスを救うべき仲間ではなく、討つべき「災厄の種」と見なしました。同胞同士の哀しき対峙が、崩れゆく地下ドームで始まろうとしています。 次回、守護者の刃がリオスを襲う。極限状態の彼らが下す決断とは。物語は核心へとさらに踏み込んでいきます。どうぞお楽しみに。


P.S. 本作の世界観設定や用語解説、登場人物たちのこれまでの歩みなどは、Webサイト「Table Talker's Log」にて随時更新しております。激闘の合間に、ぜひ設定の裏側も覗いてみてください。

https://tabletalker.info/category/avelia/


卓上の語り部より、敬具。

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