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アヴェリア物語 〜これは、一人の青年の復讐から始まる、星の運命に抗う物語〜  作者: 卓上の語り部


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第七十五話『虚空に響く、始まりの共鳴』

(……ここは何だ?)


 リオスの意識は、底なしの沼に沈んでいくような感覚の中にあった。

 上下の感覚がなく、時の流れも曖昧だ。目を開けているのか閉じているのかすら分からない。ただ、絶対的な「無」が周囲を満たしていた。


 寒い。いや、熱いのか?

 感覚が麻痺していく。指先の感覚がなくなり、腕の感覚がなくなり、やがて自分という存在の輪郭が溶け出していく。


『そうだ。それでいい。全ては無意味なのだから』


 また、あの声が聞こえる。粘着質で、甘美な誘惑を含んだ囁き。


 抗う気力が湧かない。大切な記憶の数々が、まるでインクが水に滲むように薄れていく。

 ゼノスと語り合った穏やかな村の日常。炎に包まれた故郷と、託されたグラン村長の最期の言葉。リーナを守ると誓い、三人で踏み出した旅路。そして、エリアスたちとの出会いや、数々の激闘――。


(俺は……ここで……終わるのか……)


 諦めが、心地よい眠りのように彼を包み込もうとした、その時だった。


『――リオス!』


 遠く、遥か彼方から、微かな音が届いた。

 それは、この漆黒の虚無の世界には存在しないはずの、鮮烈な「色」を持った音だった。


(リーナ……?)

『聞いて! リオス、お願い、その音に飲み込まれないで!』

 必死な、悲痛な叫び。だが、リオスの意識を繋ぎ止めたのは、言葉の意味ではなかった。その声に乗せられた、彼女の魂の「波長」だった。

 リーナはこの旅を通じて、世界の律動を感じ取る力を開花させてきた。彼女は今、この場を支配する絶望的な虚無の奔流の中で、たった一つだけ異なる「音」を捉え、それに自身の波長を同調させていたのだ。


 それは、この「原初の虚ろ」の核にあるもの。

 かつて、この世界を管理しようとした古代のシステムが排出した、莫大な余剰エネルギーの澱み。それは純粋な悪意ではなく、行き場を失い、腐敗し、世界そのものを呪うようになった、悲痛な「エラーの叫び」だった。

 リーナは、その叫びの奔流に押し流されそうになりながらも、必死にリオスへと「道標」となる波長を送り続けていたのだ。


(……聞こえる。これは……泣き声か?)


 リーナの導きにより、リオスは虚無の轟音の中に、微かな、しかし確かな「核」を感じ取った。

 そして、その認識が、消えかけていた彼の自我を強引に引き戻した。


 ドクン。


 心臓が跳ねた。

 いや、違う。それは右手のひらから伝わる鼓動だった。


 漆黒の泥の中で、唯一輝きを失っていなかった『星喰の剣』。

 古代の遺物であり、律動を喰らう性質を持つこの剣は、今まさに、自身を飲み込もうとする莫大なエネルギーの塊に対し、逆に牙を剥いていたのだ。


(お前も……抗っているのか)


 剣から流れ込んでくるのは、燃えるような渇望。「喰わせろ」という、原始的な欲求。

 その熱が、リオスの凍りついた精神を解凍していく。


(そうだ。俺はまだ、終われない。こんな、わけのわからない泥の中で、何もなさずに消えてたまるか!)


 リオスは、溶けかけた自分の輪郭を、意志の力で強引に繋ぎ止めた。

 そして、泥の中で動かないはずの右手に、渾身の力を込めた。


「う、おおおおおおっ!」

 現実世界。祭壇を飲み込んだ巨大な闇の塊が、突如として激しく痙攣した。


「何だと!?」

 勝利を確信していた盟約者のリーダーが、驚愕に目を見開く。


 闇の塊の中心、リオスが飲み込まれたあたりから、青白い閃光が迸った。それは、周囲の光を喰らう絶対の闇を、内側から食い破るように輝きを増していく。


「バカな! 原初の虚無に取り込まれて、自我を保てる人間など存在するはずが……!」


 ズォォォォォン!!


 リーダーの叫びをかき消すように、青い光の柱が天井の岩盤を突き破った。

 光の奔流が渦を巻き、漆黒の泥を四散させる。


 そして、光が収束した場所に、一人の男が立っていた。


「ハァ……ハァ……ハァ……」

 リオスだ。

 だが、その姿は以前とは異なっていた。

 右半身、特に剣を持つ右腕から肩、そして右側の顔面にかけて、あの漆黒の泥が刺青のように焼き付き、脈打っている。身につけていた革鎧の一部は融解し、黒い結晶のように変質していた。


 しかし、その瞳は。

 左目は以前と同じ意志の強い光を宿していたが、泥に侵食された右目は、剣と同じ、燃えるような青白色に輝いていた。


「……ひどい気分だ。世界のゴミ捨て場に頭から突っ込んだみたいだったぜ」

 リオスが吐き捨てるように言い、ゆっくりと顔を上げた。

 その手には、以前よりもさらに禍々しく、そして力強く脈打つ『星喰の剣』が握られていた。

 剣は、原初の虚ろの一部を喰らい、その力を自身のものとしていたのだ。


「まさか……貴様、虚ろの力を……制御したというのか!?」

 リーダーが初めて焦燥の色を浮かべ、後ずさる。


「制御? 違うな」

 リオスが剣を構える。その刀身から溢れ出す青いエネルギーが、彼の周囲の空気を焦がした。


「俺とコイツで、腹いっぱい『喰って』やっただけだ!」

 復活したリオスの咆哮が、奈落の底に轟き渡った。

卓上の語り部でございます。

第七十五話『虚空に響く、始まりの共鳴』をお届けいたしました。


原初の虚無に飲み込まれ、自我すらも溶解しかけたリオス。彼を現実に引き戻したのは、リーナの魂の叫びと、これまで積み重ねてきた大切な記憶の数々でした。


そして、『星喰の剣』の真骨頂が発揮されました。古代のシステムが生み出した莫大な負のエネルギーすらも「喰らい」、己の力に変える。その渇望が、リオスの不屈の意志と共鳴し、奇跡の復活を遂げさせました。


しかし、その代償としてリオスの身体には異変が生じています。右半身と右目を侵食した「虚ろの力」。それは彼に強大な力をもたらすのか、それともさらなる闇へと引きずり込むのか。


次回、変貌を遂げたリオスと、驚愕する盟約者のリーダーとの最終決戦が幕を開けます。断絶の山脈編、その頂上決戦をどうぞお見逃しなく。


P.S. 本作の世界観設定や登場人物の紹介、アヴェリアにある大陸の地図などは、Webサイト「Table Talker's Log」にて公開しております。物語をより深く楽しむための補足情報として、ぜひご活用ください。

https://tabletalker.info/category/avelia/


卓上の語り部より、敬具。

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