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アヴェリア物語 〜これは、一人の青年の復讐から始まる、星の運命に抗う物語〜  作者: 卓上の語り部


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第七十四話『侵食する虚無、抗う者たちの灯火』

「リオス!」

 リーナの悲痛な叫びが、奈落の底に反響する。

 だが、リオスは動かない。石棺から溢れ出した漆黒の「泥」のようなものが、突き刺した『星喰の剣』ごと彼の右腕を捕らえ、その身体をゆっくりと浸食し始めていた。


 ――寒い。


 それが、リオスが最初に感じたことだった。物理的な低温ではない。魂が凍えつくような、絶対的な虚無の冷気。

 剣を通じて流れ込んでくるのは、暴力的な破壊衝動ですらなかった。「無」。全てが無意味であり、徒労であり、最後には塵に還るだけだという、圧倒的な諦観の奔流。


(……動け……! 体が……!)


 意識はある。だが、筋肉が命令を拒絶していた。彼の精神の奥底に眠る負の感情――生まれ育った村を出た日の、外の世界に対する漠然とした不安や、己の無力さへの恐怖――それらが「泥」によって引きずり出され、増幅され、彼の心を内側から塗り潰していく。


『そうだ……全ては虚しい。抗うことに何の意味がある?』


 頭の中に直接、何者かの囁き声が響く。それはリオス自身の声のようでもあり、無数の死者の怨嗟のようでもあった。

 彼の視界が急速に色を失っていく。唯一、右手に握られた『星喰の剣』の刀身だけが、必死に抵抗するように微かな青白い光を明滅させていた。


「ククク……無駄だ。それはエルフたちですら処理できず、歴史の闇に葬り去った『原初の虚ろ』。触れた者の精神を喰らい、魂を虚無へと還元する絶対の捕食者だ」

 盟約者のリーダーは、勝利を確信した愉悦の表情で、動けなくなったリオスを見下ろしていた。


「くっ……! リーナさん、下がって!」

 エリアスが懐から複数の錬金術瓶を同時に取り出し、床に叩きつける。発生した煙幕と閃光が、再び襲いかかろうとしていた狂信者たちの目をくらませる。


「でも、リオスが! あのままじゃ、心が、魂が消えちゃう!」

 リーナは耳を塞ぎながらも、懸命に顔を上げてリオスを見つめていた。彼女の鋭敏すぎる感覚は、リオスの魂の灯火が急速に小さくなっていくのを感じ取っていた。そして同時に、この場を満たす狂った律動の奔流の中に、微かな、しかし異なる「波長」が混じっていることに気づき始めていた。


(……何? この音……泣き声じゃない。これは……願い?)

 だが、その正体を掴む余裕はなかった。


「させるか、よ!」

 煙幕を切り裂き、影が走った。

 ゼノスだ。先ほどの不可視の圧力で全身を強打し、肋骨が数本いかれているであろう体を引きずり、それでも彼は最速でリーダーへと肉薄した。


「懲りない鼠だな」

 リーダーが再び杖を向ける。あの見えない重圧が来る。

 だが、ゼノスはそれを読んでいた。


「同じ手は食わねぇ!」

 彼は直前で体勢を低くし、床を滑るようにしてリーダーの足元へ潜り込んだ。見えざる力の奔流が彼の頭上を通過し、後方の岩壁を砕く。


「チィッ!」

 舌打ちしたリーダーが、足元のゼノスに向けて杖を振り下ろす。ゼノスはそれを短剣で受け流し、そのまま回転しながらリーダーの死角へと回り込んだ。


「俺の一族はずっと、この忌まわしい『歪み』を見張り続けてきたんだ! 今更お前たちの好き勝手にさせてたまるか!」

 ゼノスの怒号と共に、逆手の短剣がリーダーの脇腹を狙う。

 しかし、その刃が届く寸前、リーダーの体が蜃気楼のように揺らぎ、次の瞬間、数メートル後方に姿を現した。


「……消えた? デタラメな野郎だ」

 ゼノスが悔しげに歯噛みする。傷の痛みで膝が笑い、荒い息が漏れる。彼の奮闘も虚しく、決定打を与えるには至らない。


「時間切れだ」

 リーダーが冷酷に告げる。


 ズズズゥゥゥ……ン!


 祭壇全体が激しく震動した。石棺の蓋が完全に吹き飛び、リオスを捕らえていた漆黒の「泥」が、爆発的に膨れ上がった。

 それは人の形をしていなかった。

 不定形の、渦巻く闇の塊。ところどころに苦悶の表情を浮かべた顔のようなものが浮かんでは消え、無数の触手のような影が周囲の空間を侵食していく。

 祭壇にあった篝火が、次々と掻き消えた。光が届かないのではなく、光そのものが「喰われて」いるのだ。


「グゥゥゥォォォォォ…………」


 原罪が、産声のような、あるいは世界の断末魔のような咆哮を上げた。

 その圧倒的な存在感の前に、エリアスも、傷ついたゼノスも、そして狂信者たちですらも、魂を鷲掴みにされたかのように硬直した。


「あ、あぁ……」

 リーナが絶望に目を見開く。

 巨大な闇の中心に取り込まれたリオスの姿は、もはや首から上しか見えなくなっていた。彼の瞳からは生気が失われ、虚ろな闇が宿りつつあった。

卓上の語り部でございます。

第七十四話『侵食する虚無、抗う者たちの灯火』をお届けいたしました。


ついに解き放たれた「原初の虚ろ」。それは物理的な破壊だけでなく、触れた者の心と魂を虚無へと引きずり込む、おぞましい存在でした。 果敢に挑んだリオスでしたが、その身を漆黒の泥に捕らえられ、精神を侵食されてしまいます。彼の内なる不安や恐怖が増幅され、魂の灯火が消えかけようとしています。


一方、満身創痍のゼノスは、一族の使命を胸にリーダーへと肉薄します。しかし、リーダーの持つ未知の力――不可視の圧力や、瞬間的に移動する奇妙な術――の前に、決定打を与えることができません。


そして訪れる「時間切れ」。石棺から溢れ出した闇は爆発的に膨張し、不定形の怪物となって祭壇を飲み込みました。その圧倒的な絶望の前に、為す術なく立ち尽くす一行。 闇に取り込まれたリオスの運命は。そして、この世界を喰らい尽くそうとする「原罪」に、彼らはどう抗うのでしょうか。


物語は断絶の山脈編、クライマックスのその先へ。次回もどうぞお見逃しなく。


P.S. 本作の世界観設定や登場人物の紹介、アヴェリアにある大陸の地図などは、Webサイト「Table Talker's Log」にて公開しております。物語をより深く楽しむための補足情報として、ぜひご活用ください。

https://tabletalker.info/category/avelia/


卓上の語り部より、敬具。

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