第七十二話『奈落の螺旋、暴かれる最奥の扉』
瓦礫の山と化したイグニス・フィグラの残骸を背に、一行はプラットフォームの最奥に聳え立つ巨大な金属扉の前で立ち尽くしていた。
高さは十メートルを下らないだろう。表面には、先ほどの制御ユニットで見たものよりもさらに複雑で、禍々しい雰囲気を漂わせる古代文字のレリーフがびっしりと刻み込まれている。
「……酷い熱気だ。さっきまでとは種類が違う」
リオスが汗を拭いながら顔をしかめる。 イグニス・フィグラが消滅し、エリアスの操作で吸熱サイクルが働いたことで、ドーム内の気温は多少マシになっていた。しかし、この扉の隙間からは、物理的な熱さとは異なる、肌を刺すような濃密なエネルギーの余波が漏れ出していた。
「リーナ、大丈夫か?」
「うん……でも、気をつけて。この扉の向こう、すごく深い。音が反響して、渦を巻いてる。……まるで、世界の悲鳴みたい」
リーナは蒼白な顔で、それでも気丈にリオスの腕の中で頷いた。彼女の耳には、常人には聞こえない領域の、大地が発する悲痛な唸り声が届いているのだろう。
「先生、この扉は?」
ゼノスが短剣の柄に手をかけたまま、油断なく周囲を警戒しつつ尋ねる。
エリアスは扉の脇にある小さな操作パネル――すでに破壊され、紫色の火花を散らしている――を調べ、苦渋の表情を浮かべた。
「……物理的なロックと、多重の術式封印が施されていたようですが、全て強引に解除されています。盟約者たちは、なりふり構わずここを突破したようです」
「……鍵が開いているなら好都合だが、罠の可能性もある。警戒しろ」
ゼノスが短剣を構え直し、慎重に扉の前に立つ。彼は扉のわずかな隙間に指をかけ、渾身の力で引いた。
ズズズズズ……ン。
重厚な金属音が響き、扉がゆっくりと開いていく。 その向こう側に広がっていた光景に、全員が息を呑んだ。
そこは、巨大な縦穴だった。 直径は数百メートルはあるだろうか。底が見えないほどの深淵に向かって、壁面に沿うように螺旋状の階段が続いている。そして、その遥か下方から、あの毒々しい紫色の光が、心臓の鼓動のように脈打ちながら立ち上っていた。
ドクン……ドクン……。
「これは……地脈の奔流そのものですね」
エリアスが戦慄した声で呟く。
「この施設は、単に地熱を利用するためのものではありませんでした。ここは、この地域一帯の地脈エネルギーが集中する『龍穴』――その真上に蓋をするように建造された、巨大な封印施設だったのです」
「封印だと? 俺の先祖は、一体何をそこまで恐れて、こんな場所に閉じ込めたんだ」
ゼノスの脳裏に、一族に伝わる古い伝承が過ぎる。『守り人は、世界の歪みを監視せよ』――その歪みの正体が、この奈落の底にあるのか。
「行きましょう。彼らはもう、底にいるはずです」
リオスが先頭に立ち、螺旋階段を降り始める。 一歩下るごとに、空気は重く、淀んでいく。熱気は湿り気を帯び、腐敗したような臭いが混じり始めた。
どれほど降りただろうか。時間の感覚が麻痺し始めた頃、ようやく底が見えてきた。 そこは、円形の広大な祭壇のような場所だった。
「……ターゲット確認。儀式の真っ最中ってわけか」
ゼノスが声を潜める。 祭壇の中央には、十数人の黒装束の人物――「闇の盟約者」たちが集まっていた。彼らは奇妙な形の杖を掲げ、床に描かれた巨大な術式回路図を囲んで何かを詠唱している。
そして回路の中心には、紫色の光の柱が立ち上っていた。その光の中に、何かが浮かんでいる。
それは、古びた石棺のように見えた。鎖で厳重に縛られ、表面にはびっしりと封印の呪符が貼り付けられている。だが、その呪符は今、次々と焼け焦げ、剥がれ落ちようとしていた。
「奴ら、あれを解き放つつもりか!」
リオスの声が響き渡り、詠唱が止まった。 盟約者たちが一斉に振り返る。その中で一人、ひときわ豪奢なローブを纏った長身の男が、ゆっくりとこちらに向き直った。フードの奥から、爬虫類を思わせる冷酷な目が、リオスたちを射抜く。
「……ほう。あの番人を退けてここまで来るとは。予想外の来客だが、歓迎しよう」
男の声は、岩同士が擦れ合うような不快な響きを持っていた。
「テメェらがどこの誰だろうと知ったことじゃねぇが……ここで何をするつもりだ」
ゼノスが短剣を構え、殺気を放つ。
男は愉快そうに喉を鳴らした。
「何、ほんの少し歴史を修正しようとしているだけさ。かつて愚かなエルフたちが、自らの手で生み出しながら制御しきれず、地底に封じ込めた『世界の歪み』。それを我々が解放し、有効活用してやろうというのだ」
「『世界の歪み』、ですって……? 馬鹿なことを! そんなものが解き放たれれば、この大地は……!」
エリアスが学者としての義憤に声を震わせる。彼もまた、古代エルフが遺した負の側面について、断片的な知識を持っていた。
「くくく、そうだ。エルフの『真律』ごときでは抑えきれなかった、根源的な律動の澱み……いや、『原初の虚ろ』と呼ぶべきか。……さあ、儀式は最終段階だ。雑音は排除させてもらおう」
男が指を鳴らすと、周囲にいた盟約者たちが一斉に武器を構え、散開した。
「来るぞ!」
リオスが剣を構える。 奈落の底、古代の封印が解かれようとする祭壇で、儀式を阻止するための戦いが始まろうとしていた。
卓上の語り部でございます。
第七十二話『奈落の螺旋、暴かれる最奥の扉』をお届けいたしました。
焦熱の巨人を退けた一行を待っていたのは、休息ではありませんでした。最奥の扉の向こうに広がっていたのは、地脈エネルギーが渦巻く底知れぬ奈落。この巨大施設は、ただのプラントではなく、この「龍穴」を封じるための蓋だったのです。
螺旋階段を下り、辿り着いた深淵の祭壇。そこで彼らは、ついに闇の盟約者たちとそのリーダーと対峙します。 そして語られた衝撃の事実。彼らが解き放とうとしているのは、古代エルフすら制御できずに封印した負の遺産――『世界の歪み』、あるいは『原初の虚ろ』と呼ばれる存在でした。
儀式は最終段階を迎えています。これを止めなければ、この地に、ひいては世界に甚大な被害が及ぶでしょう。 次回、奈落の底を舞台にした、儀式を阻止するための決戦が始まります。断絶の山脈編、そのクライマックスへ向けて物語は加速します。引き続きお楽しみください。
P.S. 本作の世界観設定や登場人物の紹介、アヴェリアにある大陸の地図などは、Webサイト「Table Talker's Log」にて公開しております。物語をより深く楽しむための補足情報として、ぜひご活用ください。
https://tabletalker.info/category/avelia/
卓上の語り部より、敬具。




