第七十話『焦熱の暴威、砕け散る刃』
「グゥォォォォォッ!」
『イグニス・フィグラ』――焦熱の具現体が、虚無の口から再び咆哮を上げた。その衝撃波だけで、リオスたちの立つ金属製のプラットフォームが悲鳴を上げ、錆びたボルトが弾け飛ぶ。
「来るぞ!」
リオスが両手剣を構え、重心を低くする。 直後、巨体から伸びるマグマの腕が、鞭のようにしなって振り下ろされた。
ドォォォン!
リオスはそれを剣の腹で受け止める。凄まじい重量感と、鉄をも溶かす高熱が腕を襲った。
「ぐっ、ぐぅぅ……っ!」
歯を食いしばり、両足でプラットフォームを踏みしめる。靴底が熱で焼け焦げる嫌な臭いが鼻をつく。だが、退くわけにはいかない。背後にはリーナと、解析を急ぐエリアスがいる。
「フン、図体ばかり大きくなりやがって」
リオスが受け止めた一瞬の隙を突き、ゼノスが影のように駆けた。 二振りの短剣が閃き、マグマの身体を走る紫色の雷光――エネルギーの奔流が集中している「血管」のような部位を切り裂く。
しかし、手応えは無かった。刃は表層を切り裂いたものの、瞬時に周囲の熱が流れ込み、傷口を塞いでしまう。
「チッ、物理攻撃では埒が明かないか」
ゼノスが舌打ちしながらバックステップで距離を取る。 物理的な実体はあるが、その本質はエネルギーの塊だ。通常の斬撃では決定的なダメージを与えられない。
一瞬、ゼノスの脳裏に、実体のないものを斬る奥義『影断ち』が過ぎった。だが、イグニス・フィグラの周囲では熱と雷光が乱舞し、その「影」すらも定まらない。
「(クソッ、これでは的が絞れない!)」
「お二人とも、奴の再生能力は周囲の熱エネルギーに依存しています! この空間そのものが奴の動力源なんです!」
操作盤に向き合っていたエリアスが、悲痛な声で叫んだ。
「じゃあどうすればいい!? この場所を冷やすなんて不可能だぞ!」
リオスが次の一撃を回避しながら叫び返す。
「奴を構成している『律動』のパターンを解析し、逆位相のエネルギーをぶつけて相殺します! ですが、それにはこの制御ユニットを一時的に掌握する必要が……!」
「時間がかかるってことだな!」
ゼノスが懐から、エリアスに渡されていた予備の『氷結の錬金薬』のフラスコを取り出した。
「おい、デカブツ! こっちだ!」
ゼノスがフラスコを投げつける。パァンと割れた容器から極低温の冷気が広がり、イグニス・フィグラの左半身を一時的に凍結させた。
「グォォッ!?」
動きが鈍った隙に、ゼノスは凍り付いて脆くなった部位に短剣を突き立て、足場にして駆け上がる。目指すは、顔のない頭部付近で最も激しく明滅する紫色の核だ。
「ここが急所だろう!」
渾身の力で短剣を突き立てる。
バチヂィィィン!
しかし、刃が核に触れようとした瞬間、猛烈な雷撃がゼノスを襲った。
「ぐあぁっ!」
ゼノスは弾き飛ばされ、プラットフォームの上に転がる。短剣は手から離れ、カランと乾いた音を立てて床に落ちた。柄を握っていた彼の手袋は、高熱で黒く焦げていた。
「ゼノス!」
「……平気だ。だが、厄介だな。不用意には近づけない」
ゼノスが痛みに顔を歪めながら立ち上がり、短剣を回収する。
イグニス・フィグラは、ゼノスの攻撃など意に介していない様子だった。それどころか、本能的に「最も危険な存在」を察知したのか、そのターゲットをリオスたちから、後方で操作盤に向き合うエリアスへと変更した。 虚無の顔が、ゆっくりと操作盤の方へ向く。
「しまっ……先生! 逃げろ!」
リオスが叫ぶが、エリアスは操作盤から手を離せない。
「今、離れるわけには……っ!」
イグニス・フィグラの胸部に、周囲の熱と雷が渦を巻いて収束し始めた。莫大なエネルギーが圧縮され、直視できないほどの輝きを放つ。 狙いは明確。制御ユニットごとエリアスを消し飛ばすつもりだ。
「させるかぁぁぁっ!」
リオスが吼えた。 彼は先生を庇う位置に走り込むと、両手剣を真上に構え、全身の筋肉をバネのようにしならせた。
防御ではない。迎撃だ。 放たれるエネルギーの奔流を、真っ向から叩き斬るつもりだった。
ドォォォォォン!!
イグニス・フィグラの胸部から、極太の熱光線が発射された。全てを焼き尽くす紫色の破壊の光。
リオスは、その光の奔流に向かって、自身の全てを乗せた一撃を振り下ろした。
「はぁぁぁぁぁっ!」
両手剣の刃が、熱光線と衝突する。 その瞬間、剣がドクンと脈打った。『星喰の剣』の特性が発動し、熱光線を構成する膨大な「律動」を喰らい尽くそうとしたのだ。
だが、相手のエネルギー量が桁違いすぎた。
「ぐあああああっ!」
リオスの絶叫が響く。剣が吸収しきれない熱エネルギーが逆流し、彼の体を焼き焦がしていく。服が焼け焦げ、肌から煙が上がり、意識が白濁しかける。
(ダメだ……耐えきれない……っ!)
剣が弾き飛ばされそうになった、その時だった。
「リオス、負けないで!」
背後から、凛とした声が響いた。 同時に、リオスの体を、清涼な風のような、それでいて力強い「波」が包み込んだ。
それは、リーナが放つ「律動」だった。
彼女の律動が、暴走する熱エネルギーの波長に干渉し、その荒々しい角を削り取っていく。リオスを焼こうとしていた熱が和らぎ、暴れ回っていた剣の制御が安定した。
「リーナ……!」
意識を取り戻したリオスの目に、力が戻る。
「いっけぇぇぇぇっ!」
リオスが渾身の力で剣を振り抜いた。
ズバァァァァン!!
星喰の剣の一撃が、紫色の熱光線を真っ二つに切り裂いた。行き場を失ったエネルギーが周囲に拡散し、プラットフォームを激しく揺るがす。
光が収まった後、そこには、肩で息をしながらも剣を構え続けるリオスと、彼を支えるように寄り添うリーナの姿があった。
そして操作盤の前では、エリアスが解析を終え、制御への最後の介入を行おうとしていた。
「解析完了……! 反撃を開始します!」
卓上の語り部でございます。
第七十話『焦熱の暴威、砕け散る刃』をお届けいたしました。
物理攻撃を寄せ付けず、ゼノスの『影断ち』すら封じる焦熱の具現体。絶体絶命の危機の中、エリアスは敵の構成要素である「律動」を利用する起死回生の策を見出します。
解析時間を稼ぐため、敵の極大熱光線に挑んだリオス。彼を限界の淵から救ったのは、リーナの放つ「清浄な律動」でした。二人の絆と連携が、不可能を可能にした瞬間です。
そしてついに解析が完了し、反撃の準備は整いました。次回、彼らの意思が、焦熱の巨人に挑みます。 物語はいよいよ最高潮へ。引き続き、彼らの熱い戦いをどうぞお楽しみください。
P.S. 本作の世界観設定や登場人物の紹介、アヴェリアにある大陸の地図などは、Webサイト「Table Talker's Log」にて公開しております。物語をより深く楽しむための補足情報として、ぜひご活用ください。
https://tabletalker.info/category/avelia/
卓上の語り部より、敬具。




