第六十九話『紫淵の轟き、目覚める焦熱の具現体』
紫色に染まった不気味な光に導かれるように、一行はドーム状の巨大岩盤――古代エルフの「地熱エネルギー制御プラント」の中枢へと続く亀裂に足を踏み入れた。
内部は、外の灼熱地獄とは異なる、別の種類の圧迫感に満ちていた。 気温は依然として高いが、空気が淀み、金属が焼けるような臭いと、古い油のような臭いが混じり合っている。そして何より、あの「律動」が、ここでは耳をつんざくような轟音となって彼らを包み込んだ。
ドォォォン……ズゥゥゥン……ガンッ、ガンッ……。
規則正しかったはずの重低音に、不協和音のようなノイズが混じり始めている。
「くっ……これは、ひどい……」
リーナが両手で耳を塞ぎ、苦痛に顔を歪める。エリアスの香油をもってしても、この至近距離でのエネルギーの奔流は防ぎきれないようだ。
「大丈夫か、リーナ。……先生、ここは一体どうなっているんだ?」
リオスがリーナを支えながら、周囲を見渡して愕然とする。
彼らが今立っているのは、天然の空洞を利用して作られた、巨大な工場のような空間だった。 遥か下方には赤熱するマグマの海が広がり、そこから立ち上る熱気を、壁面に張り巡らされた無数の黒いパイプや歯車が吸い上げている。天井は見えないほど高く、複雑怪奇な機械構造物が張り出し、時折、スパークのような青白い稲妻が走っていた。
「……信じられない。これほど大規模な施設が、まだ稼働状態で残っていたとは」
エリアスが、熱に浮かされたように周囲の機械群を見つめる。彼の学者としての好奇心が、危機的状況であることを忘れさせそうになっていた。
「稼働しているというよりは、暴走寸前といった様子だがな」
ゼノスが険しい表情で呟いた。彼の視線は、空間の中央に向けられている。
そこには、天井からマグマの海に向かって、巨大な円柱状の装置が突き刺さっていた。その装置の表面を、血管のように脈打つ紫色の光が駆け巡り、不気味な輝きを放っている。外で見た光の源は、間違いなくあれだった。
「あれが、中枢制御ユニットでしょう。本来は地脈のエネルギーを安定化させるための装置のはずですが……今は、何らかの要因で逆流を起こしている」
エリアスの説明に、ゼノスが静かに拳を握り締めた。
「盟約者の連中か。奴らが、俺の先祖が守ってきた場所を土足で踏み荒らし、滅茶苦茶にしたというわけだ」
一行は、金属製の足場と階段を使い、中央の制御ユニットへと近づいていった。熱気と轟音で、一歩進むごとに体力が削り取られていく。
ようやくたどり着いたユニットの基部には、広い円形のプラットフォームがあった。 そこには、先ほどまで誰かがいた痕跡――新しい足跡と、乱雑に放置された魔導書、そして、空になった薬瓶のようなものが散乱していた。
「……遅かったか。奴らはもう、ここでの『作業』を終えて、さらに奥へ進んだようだ」
ゼノスが床に残された痕跡を睨みつける。足跡は、プラットフォームの奥にある、巨大な金属扉の方へと続いていた。
「見てください、これを」
エリアスが、プラットフォームの中央にある操作盤のような場所に駆け寄った。そこには、複雑な古代文字が刻まれた石板がはめ込まれており、その表面が紫色の光で激しく明滅している。
「制御術式が、強引に書き換えられています。『封印の解除』と『エネルギーの逆流』……彼らはこの施設を使って、地下深くに眠る『何か』の扉をこじ開けようとしている」
「扉を……? その先に何があるんだ?」
リオスの問いに、エリアスが答える前に、リーナが悲鳴のような声を上げた。
「ダメッ! もうやめて! これ以上やったら、大地が壊れちゃう!」
彼女はその場に崩れ落ち、床に手を突いて激しく咳き込んだ。
「リーナ!」
「……聞こえるの。すごく深いところから、怒りと、悲しみと……すごく怖い『何か』が、這い上がってこようとしてる……!」
その時だった。
ゴォォォォォン!!!
今までで最大の衝撃が施設全体を揺るがした。足元のプラットフォームが激しく傾き、金属が悲鳴を上げる。
「うわぁっ!」
全員が手すりや床にしがみつく。
直後、中央の制御ユニットから、毒々しい紫色の光が爆発的に噴き出した。光は渦を巻き、周囲の熱気とマグマから立ち上る蒸気を巻き込んでいく。
「なっ……なんだ、あれは!?」
リオスが目を見開く。
渦巻くエネルギーは、やがて巨大な人の上半身のような形を成した。その体は赤熱したマグマと、血管のように走る紫色の雷光で構成されており、不定形に揺らめいている。顔とおぼしき部分には目鼻はなく、ただ、虚無のような暗い穴が開いていた。
「……! あれは、自然に生まれた存在ではありません! 盟約者によって暴走させられた律動機関が、周囲の熱エネルギーを過剰に集約し、その暴走した律動そのものによって無理やり具現化させたものです!」
エリアスが計測器を見ながら叫ぶ。
「いわば、焦熱の具現体……古代語で『イグニス・フィグラ』とでも呼ぶべき存在でしょう!」
『イグニス・フィグラ』が、その虚無の口から、耳をつんざくような咆哮を上げた。それは音というよりは、大気の振動そのものだった。
衝撃波がプラットフォームを襲い、リオスたちがよろめく。
「チッ、ご大層な番人のお出ましってわけか。どうやら、奥へ進むにはこのエネルギーの塊を何とかするしかなさそうだな!」
ゼノスが短剣を構え、油断なく敵を見据えた。その瞳は、先祖の遺産を汚された怒りと、強敵を前にした傭兵の冷徹な計算で満ちていた。
「リオスさん、リーナさんを守りつつ、奴の注意を引いてください! 私は奴のエネルギー供給源を断つ方法を探します!」
「わかった! リーナ、下がっててくれ!」
リオスが両手剣を構え、灼熱の巨人の前に立ちはだかる。
紫淵の轟きが支配する遺跡の中枢で、暴走したエネルギー体との死闘が始まろうとしていた。
卓上の語り部でございます。
第六十九話『紫淵の轟き、目覚める焦熱の具現体』をお届けいたしました。
ついに足を踏み入れたドームの内部。そこは、マグマの熱エネルギーを直接利用するという、古代エルフの驚くべき技術体系が垣間見える巨大プラントでした。しかし、その輝かしい遺産は今や、盟約者たちの手によって暴走の危機に瀕しています。
制御ユニットに残された痕跡から、彼らの目的が地下深くに封印された「扉」をこじ開けることだと判明しました。リーナが感じ取った、大地そのものの悲鳴と、深淵から這い上がろうとする「何か」の気配。事態は一刻を争います。
そして、彼らの前に立ちはだかった新たな脅威。 それは自然発生した魔物でも、単なる防衛装置でもありませんでした。暴走した律動機関が周囲の莫大な熱エネルギーを無理やり実体化させた、焦熱の具現体『イグニス・フィグラ』。古代語で「炎の形」を意味するこの存在は、まさにこの場の混沌そのものです。
先祖の遺産を汚された怒りに燃えるゼノス、冷静に状況を分析し活路を見出そうとするエリアス、そしてリーナを守るために強大な敵の前に立ちはだかるリオス。
物理的な攻撃が効くのかさえ定かではないエネルギーの塊相手に、彼らはどう戦うのでしょうか。 次回、灼熱の遺跡を舞台にした死闘が繰り広げられます。どうぞご期待ください。
P.S. 本作の世界観設定や登場人物の紹介、アヴェリアにある大陸の地図などは、Webサイト「Table Talker's Log」にて公開しております。物語をより深く楽しむための補足情報として、ぜひご活用ください。
https://tabletalker.info/category/avelia/
卓上の語り部より、敬具。




