第六十八話『灼熱の回廊と、歪められた古代の遺産』
サラマンダーの襲撃地点を越え、一行はさらに谷の奥深くへと進んでいた。
時間の感覚が狂いそうなほどの単調な赤と黒の世界。進むにつれて、周囲の岩肌はより鋭利になり、足元の火山灰は厚さを増していく。靴底から伝わる熱は、エリアスの懸濁液の効果があってなお、じわじわと彼らの体力を削り取っていた。
「……おい先生、そろそろ次の薬の時間じゃないか? リーナが限界そうだ」
先頭を歩いていたゼノスが立ち止まり、振り返って言った。彼自身の額にも汗が滲んでいるが、その視線は後ろを歩くリーナに向けられている。
リーナは気丈に振る舞っているものの、その呼吸は荒く、足取りも重くなっていた。
「ええ、代謝が激しい分、消耗も予定より早いようですね。今のうちに追加を摂取しておきましょう」
エリアスが再び小瓶を取り出し、全員に配る。リオスは受け取った薬を一気に飲み干すと、心配そうに隣を歩くリーナを見た。
「リーナ、大丈夫か? 香油の効果は切れてないか?」
「うん、平気。鼻が少し麻痺してきてるけど、あの頭が割れそうな音は、少し遠くなった気がするから」
薬を飲んで少し呼吸が落ち着いたリーナだったが、その表情は晴れない。彼女は時折、何もない岩肌を見つめ、耳を澄ませるような仕草を繰り返していた。
「どうしました、リーナさん。何かが気になりますか?」
エリアスが問いかけると、リーナは少し躊躇いながら口を開いた。
「……音が、変わったの」
「変わった? 律動の大きさですか?」
「ううん、質が。さっきまでは、すごく大きくて乱暴な、自然のエネルギーの塊みたいだった。でも、奥に進むにつれて、なんていうか……『整えられてる』感じがする」
「整えられている、とは?」
「誰かが、バラバラだった音の波を、無理やり一つの方向に束ねてるみたいな……すごく不自然で、気持ち悪い感じ」
リーナの言葉に、ゼノスが険しい顔で顎をさすった。
「自然の火山活動じゃないってことか。……嫌な予感がするな」
一行がさらに一時間ほど進むと、谷の様相が明らかに変化し始めた。 両側の崖から、黒曜石のような艶を持った、巨大な角柱状の岩が突き出し始めたのだ。それらは自然に形成された柱状節理のようにも見えたが、あまりにも規則正しく並びすぎていた。
「これは……」
エリアスが柱の一本に近づき、熱に耐えながらその表面を観察する。
「……間違いない。これは自然物ではありません。古代エルフの遺跡に見られる、エネルギー伝導路の一部です」
「遺跡だって!? こんな火山の中に?」
リオスが驚きの声を上げる。
「ええ。ですが、北の山脈で見たものとは少し様子が違います。これは、地脈を流れる熱エネルギーそのものを動力源として利用するための、大規模な施設のようです」
エリアスの説明を聞きながら、ゼノスは周囲の巨大な構造物を見渡した。
「フン、とんでもない遺産の上に胡坐をかいていたというわけか、俺の先祖は。……だが、今のこの空気は気に食わない。自然な熱気とは違う、腐ったような臭いが混じっていやがる」
彼自身の記憶にはない場所だが、彼の血に流れる「ゲイル・テトラ」の本能が、この場所が本来持っていた清浄な力が、「何者か」によって歪められ、汚されていることを敏感に感じ取っていた。
「見て! あれ!」
リーナが前方を指差した。 谷が少し開けた場所に、巨大な構造物が姿を現していた。それは、崖から突き出した無数の黒い角柱が、谷底の中央にある一つの巨大なドーム状の岩に接続されている光景だった。ドームの頂上からは、周囲の山々と同じ不気味な赤い光が、脈打つように漏れ出している。
ズゥゥゥン……ズゥゥゥン……。
律動の源は、間違いなくあのドームだった。
「リーナさんが感じた『整えられた音』の正体は、あれでしょう。この谷全体が、地熱エネルギーをあの一点に集中させるための巨大な回路になっている」
エリアスが戦慄したように呟く。
そして、彼らはそのドームの手前で、探していたものを見つけた。
「……盟約者の連中だ」
ゼノスが短剣を抜き、警戒態勢に入る。 ドームの入り口付近に、いくつかのテントの跡と、放棄された物資が散乱していたのだ。壊れた木箱、中身が空になった水樽、そして、何かの儀式に使ったと思われる、奇妙な形をした金属製の道具や香炉。
「ここを中継地点にしていたようですね。……見てください、これを」
エリアスが、焼け焦げた地面に落ちていた一枚の羊皮紙を拾い上げた。端が燃えてしまっているが、そこには複雑な図形と、古代語らしき文字が走り書きされていた。
「なんて書いてあるんだ、先生?」リオスが覗き込む。
「……断片すぎて完全には読めませんが、『律動の制御』『扉の強制開放』……そして、『適合者の血』という単語が見て取れます」
「適合者の血……?」
その言葉に、ゼノスがピクリと反応した。
「奴ら、ここで何をするつもりだ」
ゼノスの問いに答えるように、突如、ドームの方から轟音が響き渡った。
ドォォォォォォン!!
今までとは比較にならない、巨大な振動が一行を襲った。足元の地面が大きく揺れ、崖の上から岩石が崩れ落ちてくる。
「きゃああっ!」
「くっ、伏せろ!」
リオスがリーナを庇うように抱き寄せ、岩陰に身を隠す。 揺れはすぐに収まったが、直後、ドームの頂上から放たれていた赤い光が、毒々しい紫色へと変貌した。
「……音が、悲鳴を上げてる」
リオスの腕の中で、リーナが震える声で呟いた。
「大地が、泣き叫んでるみたい……」
変質した光の下、ドームの入り口と思われる亀裂の奥から、これまで感じたことのない、禍々しく、そして強大な気配が漂い始めた。
「……どうやら、のんびり休憩している暇はなさそうだな」
ゼノスがゆっくりと立ち上がり、ドームを睨みつける。その瞳には、傭兵としての闘志と、自身のルーツを汚す者たちへの静かな怒りが宿っていた。
「行きましょう。彼らはあのドームの中で、取り返しのつかない何かを始めようとしています」
エリアスが拳を握りしめ、決意のこもった声で告げた。 一行は、紫色の不気味な光に照らされた古代遺構の中枢へと足を踏み入れた。
卓上の語り部でございます。
第六十八話『灼熱の回廊と、歪められた古代の遺産』をお届けいたしました。
灼熱の谷をさらに奥へと進んだ一行。エリアスの薬とリーナの感覚補助がなければ、立っていることすらままならない過酷な環境です。
そして明らかになった衝撃の事実。この谷の奇妙な地形は自然のものではなく、古代エルフが建造した巨大な地熱エネルギー利用施設でした。リーナが感じ取った「整えられた音」の正体は、この巨大な回路が稼働する音だったのです。
自身のルーツに関わる場所が、何者かによって歪められていることに、ゼノスの本能もまた警鐘を鳴らしていましたね。
ドームの手前で見つかった「闇の盟約者」の痕跡。そしてエリアスが拾った羊皮紙に残された不穏な単語の数々。「律動の制御」「扉の強制開放」、そして「適合者の血」。これらが意味するものとは一体何なのでしょうか。
直後に発生した巨大な地震と、毒々しい紫色へと変貌した光。リーナが「大地が悲鳴を上げている」と表現したその現象は、ドームの中で取り返しのつかない何かが始まったことを告げています。
次回、いよいよ彼らは古代遺構の中枢、あの不気味なドームの中へと突入します。そこで彼らを待ち受けるものとは。
物語はクライマックスの扉を開けようとしています。引き続き、彼らの決死の冒険をどうぞお楽しみください。
P.S.本作の世界観設定や登場人物の紹介、アヴェリアにある大陸の地図などは、Webサイト「Table Talker's Log」にて公開しております。物語をより深く楽しむための補足情報として、ぜひご活用ください。
https://tabletalker.info/category/avelia/
卓上の語り部より、敬具。




