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アヴェリア物語 〜これは、一人の青年の復讐から始まる、星の運命に抗う物語〜  作者: 卓上の語り部


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第六十七話『熱砂の彼方、赤く蠢く断絶の峰』

 谷の入り口に一歩足を踏み入れた瞬間、世界が変わった。


 これまで彼らを苦しめてきたヴァリカ平原の乾いた熱気とは違う。それは、巨大な溶鉱炉の前に立った時のような、圧倒的な熱量を持った空気の塊だった。喉が焼けつくような硫黄の臭いが鼻腔を突き刺し、呼吸をするたびに肺が熱を持った。


「……厳しいな、これは」

 先頭を歩くゼノスが、顔の前で手を振って熱気を払う仕草をする。彼の額には、すでに大粒の汗が浮かんでいた。


「気温が高いだけではありません。この空間自体が、高密度の地熱エネルギーで満たされています。普通の人間なら、数分で熱中症になり、意識を失うでしょう」

 エリアスが懐から取り出した、水銀の入ったガラス管の目盛りを確認し、険しい顔をした。彼はすぐに腰のポーチから、青白い液体が入った小瓶を三本取り出し、全員に手渡した。


「みなさん、これを飲んでください。『氷紋草』の根と特定の鉱物塩を調合した懸濁液です。数時間の間、体の芯の温度を下げ、内臓をこの極熱から守ってくれます」

「ありがとう、先生!」

 リオスとリーナが礼を言い、一気に飲み干す。喉を通り過ぎる冷たい感覚に、二人はほっと息をついた。ゼノスも無言で飲み干し、空き瓶をエリアスに返した。


 一行は、黒曜石のように鋭く尖った岩肌に囲まれた狭い谷底を進んだ。足元は冷え固まった溶岩と火山灰で覆われており、一歩踏み出すたびにジャリ、ジャリと不快な音を立てる。

 そして、何より彼らを圧迫したのは「音」だった。


 ズゥゥゥゥン……ドォォォォン……。

 大地そのものが脈打つような、重低音の律動。外で聞いていた時よりも遥かに大きく、直接骨に響いてくる。


「うっ……くぅ……」

 リーナが胸を押さえ、その場にしゃがみ込んだ。


「大丈夫か、リーナ!」

 リオスがすぐに駆け寄り、彼女の肩を支える。リーナの顔は蒼白で、呼吸が浅くなっていた。


「平気……ただ、この場所の『音』が、すごく大きくて、乱暴で……頭が割れそう」

「無理をしてはいけません。リーナさんは、この場所の特異なエネルギーの奔流に敏感すぎるようです。……これを嗅いでください」

 エリアスが近づき、小さな革袋の口を開けてリーナの鼻先に近づけた。中からは、スーッとする清涼な香りが漂ってきた。


「これは……?」

「精神を安定させ、外部からの感覚干渉を和らげる香油です。少しは楽になるはずです」

 エリアスの言葉通り、香りを吸い込むと、頭の中で鳴り響いていた轟音が少し遠のき、リーナの表情に赤みが戻った。


「ありがとう、先生。……もう大丈夫、進めるよ。あの人たちの気配が、どんどん強くなってる」

 リーナが指差す先、谷の奥深くには、あの腐ったような不快な臭いがよどんでいた。「闇の盟約者」たちは、この過酷な環境をものともせず、確実に奥へと進んでいるのだ。


「……奇妙だな」

 一時間ほど進んだところで、ゼノスが足を止めた。


「どうしたんだ、ゼノス?」

 リオスが尋ねる。


「静かすぎる。奴らの足跡はここまで続いているが、何の罠も仕掛けていない。いや、正確には……」

 ゼノスが地面の火山灰を靴先で払った。そこには、真新しい足跡の下に、何か巨大なものを引きずったような痕跡と、黒く焼け焦げた跡が残っていた。


「誰かが、この土地の危険な『何か』を、強引に排除しながら進んでいるようだ」

「排除? つまり、この山自体が持つ防衛機能か何かを、盟約者たちが破壊して進んでいるということですか?」

エリアスが推測する。


「……さぁな。だが、こういう極端な環境には、ヤバいもんが住み着くのが相場だ。油断するなよ」

 ゼノスが短剣を抜き、周囲の岩陰を鋭く睨みつけた。彼の歴戦の勘が、最大級の警鐘を鳴らしている。


「……来るぞ!」

 ゼノスの警告とほぼ同時だった。 前方の岩陰から、そして左右の崖の上から、赤熱した巨大な影が飛び出してきた。


 シュァァァァッ!


 空気が焼ける音と共に現れたのは、三体の巨大なトカゲのような怪物だった。体長はゆうに三メートルを超え、その皮膚は冷え固まった溶岩のような黒い鱗で覆われている。背中からは炎のたてがみが揺らめき、口からは絶えず高熱の蒸気が噴き出していた。


「『火蜥蜴サラマンダー』……! この高熱地帯に適応した、強力な魔獣です!」

 エリアスが叫ぶ。


「いや、違う! この子たちの『律動』、すごく乱れてる! 怒りと痛みで狂ってる! 誰かに、わざと刺激されたんだ!」

 リーナが悲鳴のように叫んだ。


「チッ、厄介な置き土産だ。やるしかないようだな!」

 ゼノスが地を蹴り、先頭のサラマンダーに向かって走る。サラマンダーが大きく口を開け、灼熱の火炎ブレスを吐き出した。


 ゴォォォォッ!


「危ない!」

 リオスが前に出て、背負っていた両手剣を素早く構え、その幅広の刀身を盾代わりにする。


 ゴォォォン!

 炎の直撃を受けた剣身が一瞬で赤熱する。だが、リオスは歯を食いしばり、衝撃を殺して耐え抜いた。


「熱いな……だが、これくらい!」

「先生! 奴らの熱を抑えられないか!」ゼノスが叫ぶ。

「ええ、準備はしてあります! リオスさん、少しの間、足止めをお願いします!」

 エリアスが腰のポーチから、青白い液体が入った大きめのフラスコを三本取り出し、それぞれのサラマンダーの足元に投げつけた。


 パァァァン!


 フラスコが割れ、中から極低温の冷気が爆発的に広がった。ロックウェルで調合した「氷結の錬金薬クライオ・リキッド」だ。 灼熱のサラマンダーの足元が急速に冷却され、ピキピキと音を立てて凍りつく。


 ギャァァァァン!


 急激な温度変化による苦痛に、サラマンダーが絶叫する。冷却された脚の鱗がひび割れ、その動きが鈍った。


「今だ、ゼノス! 冷却されて脆くなった部位を!」

「了解だ!」

 動きが鈍ったサラマンダーの懐に、ゼノスが影のように潜り込む。狙うは冷却されてひび割れた前足の関節部分。


 ザシュッ! ザシュッ!


 二閃。正確無比な短剣の一撃が、サラマンダーの強靭な脚の腱を断ち切った。巨体がバランスを崩し、轟音と共に倒れ込む。


「はぁぁぁっ!」

 すかさずリオスが駆け寄り、倒れたサラマンダーの首元、鱗が薄くなっている急所に、赤熱したままの両手剣を突き立てた。


 ズブゥッ!


 サラマンダーは一度大きく痙攣した後、炎のたてがみを消して絶命した。

 残る二体も、エリアスの冷気による弱体化と、ゼノスとリオスの連携攻撃の前に、ほどなくして沈黙した。


「はぁ、はぁ……やったか」

 リオスが剣を引き抜き、荒い息を吐く。特殊な環境下での強力な魔獣相手だったが、エリアスの支援を含めた連携は、驚くほどスムーズに機能した。


「ええ。ですが、彼らはただの露払いです。本命はもっと奥にいる」

 ゼノスが短剣の熱を冷ましながら、谷の奥を睨みつけた。 倒したサラマンダーの死骸の向こうに、盟約者たちが捨てていったであろう、壊れた道具の残骸が転がっていた。彼らはこの魔獣たちを意図的に暴走させ、自分たちの後を追わせないための障害物として利用したのだ。


「行きましょう。彼らはまだ、それほど遠くには行っていないはずです」


 エリアスが再び先頭に立つ。 赤く蠢く断絶の山脈。その深淵への入り口は、まだ開いたばかりだった。

卓上の語り部でございます。

第六十七話『熱砂の彼方、赤く蠢く断絶の峰』をお届けいたしました。


ついに「断絶の山脈」の領域へと足を踏み入れた一行。そこは、想像を絶する灼熱の地獄でした。


エリアスの錬金術による事前の対策がなければ、彼らは谷の入り口で早々にリタイアしていたかもしれません。知識と準備の重要性が改めて浮き彫りになりましたね。


そして、彼らを待ち受けていた最初の試練は、この環境に適応した凶暴な魔獣「火蜥蜴サラマンダー」。しかも、先行する「闇の盟約者」によって意図的に暴走させられた個体でした。

過酷な環境と、凶悪な魔獣。しかし、彼らはこれまでの旅で培った連携と、エリアスの的確なサポートによって、この危機を乗り越えることができました。リオスの両手剣を盾代わりにする機転や、ゼノスの正確な弱点攻撃など、彼らの成長が垣間見える戦闘シーンでした。


しかし、これはまだほんの序章に過ぎません。ゼノスが言うように、サラマンダーたちは「露払い」。谷の奥には、因縁の敵である盟約者たちと、さらなる危険が待ち受けているはずです。

次回、一行は山脈のさらに深く、深淵へと進んでいきます。そこで彼らが目にする光景とは。そして、大地を揺るがす不気味な「律動」の正体とは。


物語はいよいよ佳境へと突入していきます。引き続き、彼らの冒険をどうぞお楽しみください。


P.S. 本作の世界観設定や登場人物の紹介、アヴェリアにある大陸の地図などは、Webサイト「Table Talker's Log」にて公開しております。物語をより深く楽しむための補足情報として、ぜひご活用ください。

https://tabletalker.info/category/avelia/


卓上の語り部より、敬具。

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