第六十一話『静止した時間、語りかける壁画』
「……ふぅ。とんでもない怪物だったな」
リオスが荒い息を吐きながら、完全に沈黙したゴーレムの残骸を見上げた。熱を帯びていた『星喰の剣』は、すでに元の冷たい鉄塊へと戻り、鞘に収まっている。
「それにしても、ゼノスさん。最後の一撃、あれは一体……?」
エリアスが、興奮を隠せない様子でゼノスに詰め寄った。眼鏡の奥の瞳が、学究的な好奇心で輝いている。
「物理的な干渉を無視して、エネルギーの供給路そのものを断つ。あのような技術は、現代の技術体系には存在しません。古代の失われた技術ですか? それとも……」
「……大したことじゃない。俺の故郷に伝わる、ちょっとした技術だ」
ゼノスは短剣の汚れを拭き取りながら、短く答えた。多くを語るつもりはないらしい。
「故郷、ですか……」
エリアスはさらに問い質そうとしたが、ゼノスが顎で前方を示したため、言葉を飲み込んだ。 ゴーレムが守っていた巨大な石柱の陰に、地下へと続く階段が口を開けていたのだ。
「行こう。ここが『当たりの場所』なら、何かしらの手掛かりがあるはずだ」
ゼノスが先頭に立ち、一行は慎重に階段を降り始めた。
階段は長く、深く続いていた。 驚くべきことに、苔や植物に覆われていた地上の遺跡とは対照的に、地下の空間は埃一つなく、奇妙なほど清潔に保たれていた。
「見てください。壁自体が、微弱な光を放っています」
エリアスが壁面に触れる。ひんやりとした石の感触だが、そこからは現代の照明とは異なる、柔らかく青白い燐光が滲み出ていた。
「この建築様式、それにこの燐光石の使い方……間違いありません。これは『古代エルフ』の遺跡です」
エリアスの声が、静寂な空間に響く。
「古代エルフ……って、リーナの先祖みたいな人たちが作ったってこと?」
リオスが隣を歩くリーナを見た。彼女は、この空間に入ってから、どこか落ち着かない様子で周囲を見回している。
「……分からない。でも、この場所の『音』は、すごく静か。整然としていて、冷たい感じがする」
一行はさらに奥へと進んだ。 やがて、巨大な広間に出た。ドーム状の天井は高く、その中央には複雑な幾何学模様が刻まれた、巨大な円形の装置が鎮座していた。
そして、広間の壁一面には、巨大な壁画が描かれていた。
「これは……すごい」
リオスが思わず感嘆の声を漏らす。 壁画には、優美な姿をしたエルフたちが、世界の中心と思われる巨大な構造物から、放射状に広がる光の道を管理している様子が描かれていた。世界は秩序に満ち、全ての生き物が彼らの管理下で繁栄している――そんな理想郷のような図だった。
「『大崩壊』以前の世界図ですね。彼らは、世界の律動を完全に掌握し、コントロールしようとしていた。それが彼らの理想とする『管理社会』だったのでしょう」
エリアスが壁画の文字を解読しながら解説する。
だが、ゼノスだけは別の場所に注目していた。 彼は、広間の隅にある、別の壁画の前で立ち止まっていた。そこだけ、描かれている絵のタッチが違っていた。
優美なエルフの絵とは異なる、荒々しくも力強い筆致。描かれているのは、獣の耳と尾を持つ人々――獣人族の姿だった。彼らは、エルフたちが管理する光の道に対し、何か別の力、影のような力を使って対抗しているように見えた。
「……ゼノス?」
リオスが声をかけると、ゼノスはハッとしたように振り返った。彼の表情には、珍しく動揺の色が浮かんでいた。
「いや、なんでもない。……ただ、少し気になっただけだ」
ゼノスはそう言って視線を逸らしたが、彼が何を見ていたのか、リオスには分からなかった。
(あの絵……確かに俺たち「ゲイル・テトラ」の民の姿だ。だが、北の故郷で見た様式とは微妙に違う。まさか、北で滅びるよりもずっと昔に、この南の地へ渡り、ここでエルフと戦っていた同胞がいたのか……?)
ゼノスの胸中に、新たな疑問と、過去の歴史に対する認識を揺るがすような予感が渦巻き始めていた。
その時だった。 広間の中央にある巨大な装置が、不意に低い駆動音を立て始めた。
「なっ、何事ですか!?」
エリアスが慌てて装置から離れる。 装置の中心部から、赤い光が明滅し始め、周囲の空間が微かに振動し始めた。
「……『音』が変わった。これ、警告音?」
リーナが耳を塞ぎながら呟く。 静止していた時間が、唐突に動き出した。この遺跡は、まだ生きていたのだ。
卓上の語り部でございます。
第六十一話『静止した時間、語りかける壁画』をお届けいたしました。
苔むした森の深部に隠されていたのは、時が止まったかのように保存された古代エルフの遺跡でした。青白い燐光に照らされた静謐な空間。そこには、「大崩壊」以前の彼らの理想郷、管理された世界の姿が壁画として残されていました。
しかし、ゼノスだけが気付いた別の壁画。そこには、エルフの管理に「影」の力で対抗する獣人族――彼の同胞である「ゲイル・テトラ」の姿が描かれていました。 北の故郷で滅びたはずの一族の記録が、なぜ遠く離れた南の森の、それも敵対していたエルフの施設に残されているのか。ゼノスの胸中に浮かんだ「北とは異なる様式」という違和感は、一族の歴史に新たな可能性を示唆しているのかもしれません。
そして、静止していたはずの時間が再び動き出しました。 突然の駆動音と赤い光、リーナが感知した「警告音」。この遺跡は何のために造られ、何を守っているのか。あるいは、何を封印しているのか。
一行の探求は、いよいよ核心へと近づいていきます。 次回、遺跡の深部で彼らを待ち受けるものとは。
どうぞご期待ください。
P.S. 本作の世界観設定や登場人物の紹介、アヴェリアにある大陸の地図などは、Webサイト「Table Talker's Log」にて公開しております。物語をより深く楽しむための補足情報として、ぜひご活用ください。
https://tabletalker.info/category/avelia/
卓上の語り部より、敬具。




