第六十話『砕けぬ石塊と、閃く最適解』
「グォォォォン……!」
腹の底に響くような岩石の駆動音とともに、苔むした巨体が振り下ろされる。 ゼノスがリオスの襟首を掴んで横っ飛びに転がったコンマ一秒後、彼らがいた場所を、巨大な石の拳が粉砕した。
ズゥゥゥン!
凄まじい地響きが轟き、土煙と石礫が四散する。直撃していれば、リオスは肉塊に変わっていただろう。
「チッ、でたらめな馬鹿力だ」
ゼノスがリオスを放して立ち上がり、腰の短剣を二本同時に抜く。 ゴーレムはゆっくりと、しかし確実な殺意を持って、次の標的を定めようと青白い燐光の「目」を巡らせた。
「リオスくん、ゼノスさん! まともにやり合っては駄目です! あれは対城壁用の攻城兵器クラスの出力があります!」
物陰に隠れたエリアスが、悲鳴のような警告を発した。
「対城壁用だって!? そんなのが何でこんな森の中に!」
リオスが『星喰の剣』を構える手が汗で滑る。剣は、目の前の巨獣が発する莫大なエネルギーに反応し、鞘から飛び出さんばかりに暴れ、脈打っている。その振動が、リオスの恐怖心と共鳴して心臓を締め付けた。
「グルァッ!」
ゴーレムが、近くにいたゼノスに狙いを定めた。丸太のような腕が、空気を切り裂いて横薙ぎに振るわれる。 ゼノスはその一撃を、獣人特有の跳躍力で真上にかわした。
「遅い!」
空中で身をひねり、すれ違いざまにゴーレムの顔面――青白い燐光が輝く部位に、短剣を突き立てる。
ガィィィン!
硬質な音が響き、火花が散った。短剣の刃が欠け、ゼノスの腕が痺れる。だが、ゴーレムの岩肌には、浅い傷一つつかない。
「……チッ。鉄より硬いな、この石塊」
ゼノスが着地し、忌々しげに短剣の刃こぼれを確認した。
「弱点はないのか、先生! いつものように核を狙えば!」
リオスが叫ぶ。だが、エリアスは絶望的な表情で首を振った。
「駄目です! この時代の『守護岩獣』の装甲は、現代の導律障壁より強固です。外部からの攻撃で内部の核を破壊するのは、不可能に近いかと!」
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ!」
逃げようにも、この巨体で森を暴れ回られれば、すぐに追いつかれる。絶体絶命の状況。
その時、エリアスの隣で蹲っていたリーナが、顔を上げた。 彼女の碧い瞳は、焦点が合っていないように虚ろだが、その奥で何かが強く輝いていた。
「……違う」
「リーナさん?」
「核じゃない……見て、足元。あいつ、地面から『音』を吸い上げてる」
彼女は、胞子の群れを抜けた時の感覚を応用していた。恐怖の対象であるエネルギーの奔流を、冷静に観察する。
「地面から……そうか、外部供給型ですね! 地脈のエネルギーを足から吸い上げて駆動しているんです!」
エリアスが叫ぶ。
「ってことは、その供給を断てば止まるってことか?」
ゼノスが、迫り来る岩の拳を紙一重で回避しながら返す。
「理論上はそうです! ですが、供給路は分厚い装甲の下です。どうやって……」
その時、ゼノスは一瞬、何かを計るように目を細めた。 彼の脳裏に、かつて経験した奇妙な感覚がよぎる。物理的な硬さなど意味を成さない、別の領域の記憶。
「……なるほどな」
ゼノスが短く呟いた。
「リオス。俺がやる」
「えっ? でも、装甲は破壊できないんじゃ……」
「破壊する必要はない。だが、あいつは俺を警戒してる。近づく隙がない」
ゴーレムは、ちょこまかと動き回り、唯一攻撃を仕掛けてきたゼノスを最大の脅威と認識したようだ。執拗に彼をマークしている。
「リオス。お前が囮になれ」
「お、俺が!? 無理だよ、俺の足じゃ一瞬で追いつかれて潰される!」
「足で逃げ回る必要はない。お前のその物騒な剣を使え。あいつは高エネルギー体に反応する。剣の『律動』を全開にして、注意を引け」
ゼノスの指示は簡潔だった。リオスはハッとして、手の中の『星喰の剣』を見た。剣は、目の前の「ご馳走」を前にして、鞘から抜かれるのを今か今かと待ちわびていた。
(……こいつの「食欲」を、逆に利用するのか!)
「分かった。やってみる!」
リオスは覚悟を決め、物陰から飛び出した。
「おい、図体だけの石塊! こっちだ!」
リオスは叫びながら、剣を抜き放った。 瞬間、剣が解放された喜びを表現するかのように、まばゆい青白い光を放ち、強烈な律動の波紋を周囲に撒き散らした。
「グルァ!?」
ゴーレムの動きが止まった。その「目」の燐光が、ゼノスから、より強大なエネルギー反応を示したリオスへと移る。
「グルルルルゥッ!」
標的変更。ゴーレムは唸り声を上げ、リオスに向かって巨大な体を旋回させた。
「うわっ、本当に来た!」
リオスは必死にバックステップで距離を取るが、ゴーレムの歩幅は桁違いだ。あっという間に間合いを詰められ、巨大な拳が振り上げられる。
「くそっ……!」
リオスは死を覚悟して目を瞑った。 だが、拳が振り下ろされることはなかった。
「――『影絶ち』」
静かな、しかし底冷えするような声が響いた。
ゴーレムの背後。死角となる影から、いつの間にか忍び寄っていたゼノスが、音もなく短剣を一閃させていた。
彼が斬ったのは、岩の装甲ではない。 リーナだけが視ていた、地面からゴーレムの足へと繋がる、不可視のエネルギー供給線。
ブツンッ。
何かが断ち切れるような、奇妙な音が響いた。
「ガ、ァ…………?」
ゴーレムの動きが凍りついた。振り上げられた拳が、空中で静止する。 供給を断たれた巨体は、急速にその青白い燐光を失っていき――。
ズズズ……ドォォォォン!
バランスを崩し、地響きとともに横倒しになった。 今度こそ完全に、ただの苔むした岩塊へと戻ったのだ。
「……な、何が起きたんですか?」
エリアスが呆然と立ち尽くす。彼には、ゼノスが何をしたのか見えなかった。ただ短剣を振るっただけに見えたのに、あの無敵の装甲を持つ怪物が沈黙したのだ。
「……フン。ただの石ころに戻してやっただけだ」
ゼノスは短剣を鞘に収めると、何事もなかったかのように鼻を鳴らした。
リオスはへたり込み、安堵の息を吐いた。手の中の剣は、ご馳走を横取りされた子供のように、不満げに低く唸っていた。
卓上の語り部でございます。
第六十話『砕けぬ石塊と、閃く最適解』をお届けいたしました。
古代の防衛兵器「守護岩獣」との激戦。これまでの魔物とは比較にならない圧倒的な防御力と破壊力に、一行は絶体絶命の危機に陥りました。
しかし、彼らはもう、ただ怯えるだけの存在ではありません。 リーナは恐怖を乗り越え、敵のエネルギー供給源を見抜きました。 エリアスは持ち前の知識で、それが「外部供給型」であることを特定しました。 リオスは恐怖心をねじ伏せ、相棒である「星喰の剣」の特性を利用して危険な囮役を引き受けました。
そして、ゼノス。彼がかつてゲイル・テトラ跡地:で覚醒させた能力「影絶ち」が、この局面で切り札となりました。物理的な硬度を無視し、エネルギーの供給パスそのものを断つ。まさに、この状況における「最適解」でしたね。
個々の能力はまだ発展途上ながらも、それぞれの特性を活かした見事な連携プレーだったのではないでしょうか。特にリオスが、剣の力に頼り切るのではなく、その特性を戦略的に利用した点は、戦士としての大きな成長と言えるでしょう。
強敵を退け、再び静寂を取り戻した古代の遺跡。 次回は、この遺跡が隠し持つ、さらなる秘密に迫ります。
どうぞご期待ください。
P.S. 本作の世界観設定や登場人物の紹介、アヴェリアにある大陸の地図などは、Webサイト「Table Talker's Log」にて公開しております。物語をより深く楽しむための補足情報として、ぜひご活用ください。
https://tabletalker.info/category/avelia/
卓上の語り部より、敬具。




