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アヴェリア物語 〜これは、一人の青年の復讐から始まる、星の運命に抗う物語〜  作者: 卓上の語り部


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第五十七話『緑の深淵、古き律動の洗礼』

 土煙が完全に晴れ、眼前に横たわる巨獣の残骸の向こう側に、ぽっかりと空いた暗がりが現れた。 それは、これまで彼らが歩いてきた森とは明らかに質の異なる、深く、濃い緑の闇への入り口だった。


「……行くぞ。ここからが本番だ」

 ゼノスが短剣を腰に納め、真っ先にその闇へと足を踏み入れる。リオスたちも、一度深く息を吸い込み、覚悟を決めてその後に続いた。


 境界線を越えた瞬間、世界が一変した。

 まず感じたのは、空気の重さだ。 湿度は飽和状態に近く、まとわりつくような熱気を含んでいる。鼻腔を満たすのは、濃厚すぎる植物の芳香と、腐葉土のむせ返るような臭気。それは生命の匂いそのものであり、あまりの濃さに目眩めまいがするほどだった。

 そして、視覚的な圧倒。 「巨木」という言葉すら生温い。ここに生えている木々は、一本一本がまるで神殿の柱だ。幹の直径だけで数十メートルはあるだろうか。見上げてもこずえは遥か彼方の霧に霞み、太陽の光は幾重にも重なった枝葉に遮られ、地上は薄暗い黄緑色の光に満たされている。


「す、すごい……。信じられない」

 エリアスが眼鏡を押し上げ、興奮気味に声を震わせた。


「見てください、あのシダ植物。あれは文献でしか見たことがない『王冠羊歯クラウン・フェーン』です。有史以前に絶滅したはずの古代種が、ここではこんなに群生している……! ここは、まさに生きた化石の博物館ですよ!」

 学術的な興奮を隠せないエリアスとは対照的に、リーナは眉をひそめ、両手で耳を押さえるようにして立ち止まった。


「リーナ、大丈夫か?」

 リオスが心配そうに声をかけると、リーナは苦しげに首を横に振った。


「……うるさいの」

「うるさい? 何も聞こえないけど……」

「耳じゃないわ。頭の中に、直接響いてくるの。……この森の律動、強すぎる。無数の命が、一斉に叫んでいるみたいで……」

 彼女の言葉に、リオスは自身の腰にある『星喰の剣』に意識を向けた。 確かに、剣もまた、この森の空気に触発されたかのように、鞘の中でドクン、ドクンと強く脈打っている。周囲に満ちる莫大なエネルギーに、剣の本能が反応しているのだ。


「無理もありません。腐敗が浄化された直後の森とは、エネルギーの桁が違いますから。ここは、世界が生まれたままの姿を留めている場所なのです」

 エリアスが冷静さを取り戻し、リーナを気遣うように言った。


「……少しずつ、慣らしていくしかないわね。ごめんなさい、少し感覚を閉じるわ」

 リーナは深呼吸を繰り返し、導き手としての鋭敏な感覚を意識的に鈍らせることで、ようやく落ち着きを取り戻したようだ。


「……チッ。面倒な場所だ」

 先頭を行くゼノスが、立ち止まらずに背中越しに毒づいた。

 ゼノスの獣の耳が、ピクリと動いた。彼の警戒心は、先ほどまでとは比較にならないほど高まっていた。


「……鳥も虫も、気配すらない」

 言われてみれば、これほど豊かな森なのに、風が巨木を揺らす重低音と、遥か遠くで何かが地響きを立てる音以外、生命の音が全くしないのだ。


「ここにいるのは、さっきのデカブツと同類の『化け物』だけだ。気を抜けば、一瞬で喰われるぞ」

 ゼノスの言葉に、リオスは改めて気を引き締めた。ここは、人間が足を踏み入れてはいけない領域なのだ。

 一行は、道なき道を進んだ。 地面は巨大な根が複雑に絡み合い、その隙間を埋めるように、発光する苔や奇妙な形のキノコがびっしりと生えている。一歩足を踏み外せば、根の隙間の奈落に落ちてしまいそうだ。

 数時間ほど慎重に進んだ頃、周囲の薄暗さが増してきた。外の世界では、もう日が沈む時間なのだろう。


「今日はここまでだ。これ以上、暗がりを歩くのは危険すぎる」

 ゼノスが足を止めたのは、一本の超巨大な倒木の根元だった。倒木といっても、その太さは小さな丘ほどもあり、幹の下には巨大な空洞ができていた。


「この空洞なら、雨風はしのげるでしょう。入り口に魔獣避けの『忌避香きひこう』を焚いておけば、一晩くらいは安全に過ごせるはずです」

 エリアスが空洞の中を調べ、腰のポーチから小さな香炉を取り出しながら言った。 中に入ると、壁面には青白く発光する苔が自生しており、天然のランプのように幻想的な光を投げかけていた。


「ふぅ……。さすがに疲れたな」

 リオスは乾いた地面に腰を下ろし、大きく息を吐いた。ニヴェルガンド戦からの連戦、そしてこの慣れない環境での移動。疲労はピークに達していた。


 簡単な食事を済ませると、四人は自然と口数が少なくなった。 忌避香の煙が漂い、焚き火の代わりに苔の光が揺らめく。外からは、聞いたこともないような獣の低い唸り声や、何かが巨大な翼で空を裂く音が響いてくる。

 彼らは今、世界のことわりから外れた、深淵の只中にいる。 その事実は、疲労困憊の体にも、決して解けない緊張を強いていた。リオスは『星喰の剣』の柄を握りしめたまま、泥のような、しかし浅い眠りへと落ちていった。

卓上の語り部でございます。

第五十七話『緑の深淵、古き律動の洗礼』をお届けいたしました。


「樹守の巨獣」を退け、ついに一行は「始原の森」へと足を踏み入れました。

そこは、これまでのウィスパーウッド大森林とは次元の異なる世界でした。天を衝くような巨木の群れ、有史以前の姿を留める古代植物、そして何よりも、目眩がするほど濃厚な「命の気配」。

印象的だったのは、導き手であるリーナの反応です。あまりに強大すぎる律動の奔流は、彼女のような鋭敏な感覚を持つ者にとっては、耐え難い「騒音」となって襲いかかります。この森がいかに世界の理から外れた場所であるか、彼女の苦悶が何よりも雄弁に語っていましたね。


そして、「鳥も虫も気配すらない」というゼノスの言葉。静寂でありながら、どこかに「化け物」の息遣いを感じる、張り詰めた空気感が伝わりましたでしょうか。

巨大な倒木の空洞で、最初の夜を迎えた四人。疲労は限界に達していましたが、リオスは剣の柄を握りしめたまま、浅い眠りにつくしかありませんでした。


この深淵の森で、彼らを待ち受けるものは何なのか。 次回、本格的な探索が始まります。どうぞご期待ください。


P.S. 本作の世界観設定や登場人物の紹介、アヴェリアにある大陸の地図などは、Webサイト「Table Talker's Log」にて公開しております。物語をより深く楽しむための補足情報として、ぜひご活用ください。

https://tabletalker.info/category/avelia/


卓上の語り部より、敬具。

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