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アヴェリア物語 〜これは、一人の青年の復讐から始まる、星の運命に抗う物語〜  作者: 卓上の語り部


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第五十五話『境界の向こう側、目覚める古き森』

 一夜明け、森は深い霧に包まれていた。 浄化されたばかりの大地から立ち上る水蒸気が、朝陽を浴びて乳白色のとばりとなり、視界を遮っている。


「……視界が悪い。足元に気をつけろ」

 先頭を進むゼノスが、低い声で注意を促す。彼は腰の短剣の柄に手をかけ、霧の向こう側の気配を探るように、時折鼻をひくつかせた。

 休息をとったとはいえ、四人の体力は全快には程遠い。リオスは体の節々に鈍い痛みを覚えながら、それでも一歩一歩、確実に足を前に進めていた。


 出発してしばらくした頃、エリアスが不意に足を止めた。


「少し、時間をいただけますか。貴重な素材がありそうです」

 エリアスが指差した先、巨大な朽木の根元に、半透明の青白いキノコが群生していた。


「これは『月の涙茸ムーン・ティア・マッシュルーム』の変種……。本来は夜間にしか発光しないのですが、浄化された強い律動の影響で変質したようですね」

 エリアスは慣れた手つきでキノコを採取すると、携帯用の小さな乳鉢とフラスコを取り出し、その場で簡易的な調合を始めた。


「昨日の戦いで、手持ちの錬金薬を使い果たしてしまいましたからね。本格的な錬成は無理ですが、これがあれば即席の閃光薬や煙幕程度なら……」

 数分後、エリアスは数本のフラスコを腰のポーチに収め、満足げに頷いた。


「お待たせしました。数は少ないですが、ないよりはマシでしょう」

「助かるよ、先生。先生の薬がないと、俺たちだけじゃ心細いからな」

 リオスの言葉に、エリアスは少し照れくさそうに眼鏡の位置を直した。


 一行は再び、光が指し示した西の方角へ向かって進み始めた。

 歩を進めるにつれ、霧が少しずつ晴れてきた。いや、正確には、森の様相が劇的に変わったことで、霧が入り込めなくなっていた。

 目の前に現れた光景に、四人は息を呑んだ。


 そこには、これまで見てきたどの木々よりも遥かに巨大な、天を衝くような巨木が立ち並んでいた。一本一本の幹が城壁のように太く、その樹皮は岩のようにゴツゴツとしており、表面にはびっしりと苔や蔦が絡みついている。

 上を見上げても、こずえは見えない。幾重にも重なった枝葉が太陽光を完全に遮断し、森の中は昼間だというのに薄暗い。まるで、巨人の国に迷い込んだかのような錯覚を覚える。


「これが……『始原の森』」

 リオスが圧倒されたように呟く。 ウィスパーウッドが「死の森」だったとすれば、ここは「生の暴力」が支配する森だ。あまりにも濃厚な生命の気配が、物理的な圧力となって肌に押し寄せてくる。


「気をつけろ。ここから先、今までの常識は通用しない」

 ゼノスが短剣を逆手に持ち直す。彼の獣としての本能が、この場所の危険性を敏感に察知していた。


「……あっちの方から、すごく強い視線を感じる」

 リーナが震える指先で、巨木の根元付近を指し示した。 そこには、複雑に絡み合った太い木の根が、まるで天然のバリケードのように行く手を阻んでいた。


「視線? ですが、動体反応はありませんよ。あるのは植物の生体反応だけ……」

 エリアスが導律装置ツールの数値を確認しようとした、その時だった。

 ゴゴゴゴゴ……ッ!

 地響きとともに、目の前のバリケードが――絡み合った巨大な木の根が、ゆっくりと動き始めた。


「なっ……!?」

 リオスが目を見開く。 動いているのは根だけではない。その上にある、小山ほどもある巨大な岩塊と思われていたものが、ギギギと軋んだ音を立てて持ち上がった。

 岩塊の表面が割れ、中から苔むした二つの巨大な「眼」が現れた。 それは岩ではなく、擬態した巨大な生物の頭部だったのだ。


「グルルルルゥゥゥ……ッ!!」

 腹の底に響くような重低音の咆哮が、森の空気を震わせた。 木の根だと思われていたのは、その巨獣の四肢であり、触手だった。全身が樹皮と岩で覆われた、動く要塞のような植物型の魔獣――『樹守きもり巨獣トレント・ガーディアン』だ。


「まさか、森の境界そのものが、意志を持って襲ってくるとは……!」

 エリアスが驚愕の声を上げながら、先ほど作ったばかりのフラスコを握りしめる。


「フン。門番のお出ましというわけか」

 ゼノスが低く唸り、地面を蹴った。巨体に見合わぬ速度で懐に潜り込み、二振りの短剣を交差させて斬りつける。

 ガギィンッ!!

 硬質な音が響き、ゼノスの短剣が弾かれた。巨獣の表皮は鋼鉄よりも硬く、刃が通らない。


「チッ、硬い」

「ゼノスさん、離れて!」

 エリアスが投げたフラスコが巨獣の顔面で炸裂し、強烈な閃光と刺激臭が広がる。巨獣が不快そうに顔を背けた隙に、ゼノスがバックステップで距離を取る。


「普通の攻撃じゃらちがあかないわ! この子の律動、すごく古くて、硬い!」

 リーナが叫ぶ。彼女の感知能力をもってしても、この巨獣の核がどこにあるのか特定できないようだ。


「だったら、こいつでこじ開けるまでだ!」

 リオスが『星喰の剣』を抜き放つ。 まだ体の芯に疲労は残っている。だが、ここで立ち止まるわけにはいかない。


「行くぞ、相棒!」

 リオスが剣に意識を集中すると、鈍色だった刀身が、ドクンと脈打ち、微かに赤黒い輝きを帯び始めた。

 始原の森への最初の試練。 古代の番人との戦いが、今、幕を開けた。

卓上の語り部でございます。

第五十五話『境界の向こう側、目覚める古き森』をお届けいたしました。


いよいよ、物語は新章へと足を踏み入れました。

冒頭では、浄化されたウィスパーウッドの環境変化を利用し、エリアスが錬金薬を補充するシーンを描きました。激しい戦いで物資が枯渇していた彼らにとって、彼の「知恵」という武器がいかに重要であるか、改めて感じていただけたのではないでしょうか。


そして、霧が晴れた先に現れたのは、天を衝く巨木が立ち並ぶ「始原の森」の姿でした。これまでの「死の森」とは対照的な、圧倒的な「生の暴力」が支配する空間。その異質さが、伝われば幸いです。


その境界を守る門番として現れたのが、「樹守の巨獣トレント・ガーディアン」です。岩や根に擬態し、森そのものが意志を持って襲いかかってくるような古代の魔獣。ゼノスの短剣すら弾き返すその硬度に、通常の手段が通用しないことは明白です。


「今までの常識は通用しない」というゼノスの言葉通り、新たな領域での最初の試練が始まりました。万全ではない状態で、彼らはこの強敵をどう攻略するのか。

次回、古代の番人との激闘にご期待ください。


P.S. 本作の世界観設定や登場人物の紹介、世界名アヴェリアにある大陸の地図などは、Webサイト「Table Talker's Log」にて公開しております。物語をより深く楽しむための補足情報として、ぜひご活用ください。

https://tabletalker.info/category/avelia/


卓上の語り部より、敬具。

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