第五十二話『星を喰らう牙、森に還る灰』
カッッッ――――――――!!!
世界から音が消えた。 いや、あまりにも巨大すぎるエネルギーの衝突が、鼓膜の限界を超えたのだ。
リオスが放った青白色の斬撃と、ニヴェルガンドが吐き出した漆黒の腐敗ブレス。 二つの絶大な力が真正面から激突した瞬間、その中心点に、視界を全て覆い尽くすほどの光のドームが発生した。
「くぅぅぅぉぉォォォッ!!」
リオスは歯が砕けよほどに食いしばり、剣を押し込む。 凄まじい反動が全身の筋肉を引きちぎろうとするが、一歩も引かない。引けば、背後のリーナとエリアスが消滅する。
(喰らえ! この程度、お前なら飲み込めるはずだろッ!!)
リオスは相棒である剣を信じ、自身の生命力の全てを注ぎ込み続ける。 青白い光は、単に黒い濁流を切り裂いているだけではなかった。 触れた端から、その腐敗のエネルギーそのものを「捕食」し、自らの輝きに変えていたのだ。
ジュゴォォォ……ンッ!
拮抗していた光と闇のバランスが、崩れた。 青い光が、黒い奔流を猛烈な勢いで喰らい尽くし、逆流し始めたのだ。
「――ッ!?」
ニヴェルガンドの濁った眼球が、驚愕に見開かれる。 自らが放った最強の死の律動が、より強大な生の律動によって押し返されてくる。 それは、森の腐敗を統べる者にとって、初めて味わう「恐怖」だった。
「これでぇぇぇぇッ! 終わりだぁぁぁぁッ!!」
リオスが最後の一歩を踏み込み、剣を一気に振り抜いた。
ズッォォォォォォォンッ!!!
青白色の巨大な光刃が、逆流するブレスごとニヴェルガンドの巨体を縦に両断した。
タールと骨でできた強固な装甲も、再生能力も、何の意味もなさなかった。光の刃は、抵抗する全てを喰らい尽くしながら進み、ついにその胸部奥深くに隠されていた「脈打つ黒泥の心臓」――森を腐敗させていた核へと到達した。
パァァァァンッ!
硬質な破砕音と共に、核が砕け散る。
「――――ア、ガ、アァァァ……」
ニヴェルガンドの口から、声にならない断末魔が漏れた。 次の瞬間、巨体を構成していたタールが急速に乾燥し、灰色の脆い土塊へと変わっていく。埋め込まれていた無数の骨も、支えを失ってガラガラと崩れ落ち、風化して塵となっていった。
森を絶望で覆っていた巨大な影は、ものの数秒で、ただの灰の山へと還った。
あとには、抉り取られた大地と、半壊した遺跡、そしてもうもうと立ち込める土煙だけが残された。
「……はぁ、はぁ、はぁ……」
静寂が戻った戦場で、リオスは肩で息をしながら立ち尽くしていた。 手の中の『星喰の剣』は、青白い輝きを失い、いつもの鈍色の鉄塊に戻っている。柄の宝石も、今は光を失い、眠るように静かだった。
「やっ……た……?」
全身の力が抜け、リオスの体が後方へ傾く。 限界などとうに超えていた。今は指一本動かす気力も残っていない。
ドサッ。
彼が地面に倒れ込むより早く、駆け寄ったエリアスがその体を支えた。
「見事です、リオス君……! 本当に、見事な一撃でした!」
いつも冷静なエリアスが、声を震わせていた。 その背後から、ふらつく足取りでリーナが歩み寄ってくる。彼女は涙でぐしゃぐしゃになった顔で、リオスの胸元にすがりついた。
「リオス……! よかった、本当によかった……!」
「……ああ。なんとか、な」
リオスは二人の顔を見て、微かに笑った。 その時、不意に風が吹いた。 これまで肌にまとわりついていた湿った腐臭が消え、どこか懐かしい、土と草の匂いが混じった風。
エリアスが空を見上げる。 うっそうと茂っていた腐った木々の梢の隙間から、細いながらも、清浄な太陽の光が差し込んできていた。
それは、長く続いたウィスパーウッドの悪夢が、終わりを告げた瞬間だった。
卓上の語り部でございます。
第五十二話『星を喰らう牙、森に還る灰』をお届けいたしました。
ついに決着の時が訪れました。 ニヴェルガンドの放った極大の腐敗ブレスと、リオスの覚悟が具現化した青白き斬撃の激突。それは、単なる力の押し合いではありませんでした。『星喰の剣』の真の恐ろしさ――触れるエネルギーそのものを捕食する底なしの「飢え」が、腐敗の奔流すらも飲み込み、凌駕した瞬間でした。
核を砕かれた邪龍は灰へと還り、長くウィスパーウッド大森林を覆っていた悪夢は去りました。 戦いの後に吹き抜けた、土と草の匂いのする風。そして梢の隙間から差し込んだ太陽の光。これこそが、彼らが命懸けで勝ち取った「希望」の証なのでしょう。
限界を超えて戦い抜いたリオス。彼を支え、安堵の涙を流すエリアスとリーナ。 三人はようやく、短い安息の時を迎えることになります。
長きにわたる森での激闘にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。 一つの大きな山場を越えた彼らの旅路は、これからどこへ向かうのか。
次回の更新も、どうぞご期待ください。
P.S. 本作の世界観設定や登場人物の紹介、アヴェリア大陸の地図などは、Webサイト「Table Talker's Log」にて公開しております。物語をより深く楽しむための補足情報として、ぜひご活用ください。
https://tabletalker.info/category/avelia/
卓上の語り部より、敬具。




