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アヴェリア物語 〜これは、一人の青年の復讐から始まる、星の運命に抗う物語〜  作者: 卓上の語り部


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第四十話『緑の深淵、静寂の重圧』

そこは、外の世界とは完全に隔絶された異界だった。


頭上を覆い尽くす幾重もの枝葉が、太陽の光をほとんど遮断している。昼間だというのに、森の中は夕暮れ時のような薄暗さに包まれていた。 強烈な日差しと乾燥した熱風が支配する荒野から一転、ここには湿り気を帯びた冷涼な空気が淀んでいる。鼻腔を満たすのは、濃厚な土と腐葉土、そして名も知れぬ植物たちが発する青臭い匂いだった。


「……はぁ、はぁ、はぁ……」

リオスは巨木の根元、泥と苔に覆われた地面に仰向けに倒れ込んだまま、荒い呼吸を繰り返していた。心臓が早鐘を打ち、酷使した肺が悲鳴を上げている。 だが、それ以上に彼を苦しめているのは、再びその身にのしかかってきた『星喰の剣』の重量だった。


「……くっ、重ぇ……」

リーナの歌の効果が切れ、魔法が解けたように現実の重みが戻ってきたのだ。全身の筋肉が鉛のように重く、指一本動かすのも億劫だった。

隣では、リーナが小さく体を丸め、肩で息をしていた。顔色は蒼白で、フードの隙間から見える髪は汗で頬に張り付いている。アスティラでの魔法とは違う、肉体を強制的に活性化させる「真律」の反動は、彼女の小さな体に大きな負担をかけたようだ。


「……大丈夫か、リーナ」

リオスが掠れた声で問いかけると、彼女は力なく、けれど微かに頷いた。声を発する気力もないのだろう。


「――悠長に休んでいる暇はない。立てるか?」

静寂を破ったのは、ゼノスの落ち着いた低い声だった。彼もまた疲労困憊のはずだが、その手にはすでに愛用の短剣が握られ、油断なく周囲を警戒している。


「まだ、奴らがいるな」

ゼノスの言葉に、リオスはハッとして耳を澄ませた。


ギャアアアッ! キィィィン!


森のさらに上空、分厚い緑の天蓋の向こう側から、苛立ちを露わにした飛竜ワイバーンの鳴き声が微かに聞こえてきた。獲物を見失った空の狩人たちが、執拗に旋回を続けているのだ。


「奴らはこの密林には降りてこられない。翼が邪魔になるからな」

ゼノスが頭上の梢を見上げながら、吐き捨てるように言った。 エリアスもそれに同意し、眼鏡の位置を直しながら補足する。


「ええ。ですが、上空から監視を続け、地上部隊を誘導することは可能です。ここはこの森のほんの入り口。アスティラの追手がその気になれば、すぐに包囲されます」

「そういうことだ。完全に奴らの目から逃れるには、もっと奥へ……深く潜るしかない」

ゼノスが短剣の先で森の奥を指し示した。


リオスは歯を食いしばり、悲鳴を上げる体に鞭打って体を起こした。そして、ふらつくリーナの腕を取り、彼女を支え起こす。


「……悪い、リーナ。もう少しだけ頑張ってくれ」

「ううん……平気。ありがとう、リオス」

リーナは気丈に微笑もうとしたが、その足取りは頼りなかった。リオスは彼女の体重を支えるようにして、一歩を踏み出した。

彼らは、道なき森の奥へと進み始めた。


ウィスパーウッド。 かつて彼らが住んでいた村の近くにありながら、子供たちは「決して深くに入ってはならない」と教えられてきた場所。 その理由が、今ならわかる気がした。


この森は、あまりにも巨大すぎた。 一本一本の木が、王都の塔ほどもある太さと高さを持っている。地表を這う根はまるで城壁のように隆起し、彼らの行く手を阻む。見たこともない巨大なシダ植物が群生し、岩肌には薄気味悪く発光する苔が張り付いていた。


そして何より、静かすぎた。 鳥のさえずりも、獣の気配もない。聞こえるのは自分たちの足音と呼吸音だけ。その静寂が、かえってこの森の底知れぬ深さを強調し、侵入者である彼らに無言の圧力をかけてくるようだった。


「……懐かしい匂いがするって言ってたけどよ」

リオスが周囲を見回しながら、ポツリと呟いた。


「全然、そんな感じがしねぇな。村の近くの森は、もっとこう……明るくて、普通の森だったはずだ」

「ええ。ここは、私たちが知っている森とは違う。もっと古くて、深い場所……」

リーナがリオスの腕の中で、不安げに身を寄せた。


「ここは人の手が一切入っていない、原生林の領域ですからね」

先頭を行くエリアスが、振り返らずに言った。


「我々は今、アヴェリア大陸で最も古く、最も深い闇の入り口にいるのです。心して進まねば、森そのものに飲み込まれますよ」

その言葉に、リオスは改めて周囲の巨木たちを見上げた。 圧倒的な質量の緑の壁。それは彼らを追手から守る盾であると同時に、一度迷い込めば二度と出られない迷宮のようにも思えた。


「……さて。感傷に浸るのもいいが、まずは水場を探すぞ。このままでは俺たちが干上がってしまう」

ゼノスの現実的な言葉が、彼らを思考の迷路から引き戻した。 そうだ。ここはサバイバルの場なのだ。


彼らは腐葉土に足を取られながら、上空からの監視者が去るのを待ちつつ、少しでも森の深部へと進むべく、重い足を動かし続けた。

卓上の語り部でございます。

第四十話『緑の深淵、静寂の重圧』をお届けいたしました。


灼熱の荒野での決死の逃避行から一転、彼らが足を踏み入れたのは、太陽の光すら届かぬ古代の森、ウィスパーウッドの深淵でした。


空からの執拗な追撃を辛くも振り切ったリオスたち。しかし、そこで彼らを待っていたのは安息ではなく、圧倒的な「静寂」と巨大な「緑」の重圧でした。リーナの献身的な歌の反動、そして再びリオスにのしかかる『星喰の剣』の重量。満身創痍の彼らに、原生林は静かに、だが容赦なくその牙を剥き始めます。


アスティラを急遽脱出したため、十分な物資はありません。しかし彼らには、博識な学者エリアスと、経験豊富な傭兵ゼノスがいます。この人を拒む天然の迷宮で、彼らの知識と経験がどのように活かされ、水や食料を確保していくのか。


知恵と力を総動員した、本格的なサバイバルの幕開けです。 次回の展開も、どうぞご期待ください。


ps. アヴェリア大陸の広大な地図や、物語の背景設定など、世界観をより深く楽しむための補足情報は、Webサイト「Table Talker's Log」にて公開しております。今回の旅路の確認などにもぜひご活用ください。(※ウィスパーウッド深部に関する詳細情報は、今後の物語進行に合わせて更新予定です)

https://tabletalker.info/category/avelia/


卓上の語り部より、敬具。

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