第三十三話『潜伏、古びた時計塔の下で』
王都アスティラの裏通り、廃棄された古い時計塔の地下。 かつては機械技師の工房として使われていたというその場所が、リオスたちの臨時の隠れ家となっていた。湿っぽい空気と錆びた歯車の匂いが充満しているが、王立研究院の追手から身を隠すには都合が良かった。
カラン、コロン……。
入り口の階段付近で、ゼノスが有り合わせの材料で作った鳴子の乾いた音が響いた。 ゼノスが素早く短剣に手をかけるが、すぐに警戒を解いた。
「……ネズミだ……。問題ない」
「ありがとう、ゼノス。……それにしても、まさかこんな事になるなんて」
リーナが部屋の隅で、持ち出したエルヴィンの資料を整理しながら溜息をつく。彼女の膝の上では、あの手記が開かれていた。
「ま、なっちまったもんは仕方ねぇ。それに、収穫はあっただろ」
リオスが硬いパンをかじりながら、壁に立てかけた星喰の剣に視線をやる。あの地下での戦闘以来、剣は静かに脈動を続けており、リオスの体の奥底にある「飢え」と奇妙な共鳴を起こしていた。
「ええ。この手記があれば……」
リーナが顔を上げ、真剣な眼差しで言った。
「『律動の再誕』の書物、解読できそうよ。エルヴィンさんの研究は、私たちが思っていた以上に核心に迫っていたわ」
「ほう、それは朗報だな」
ゼノスが興味深そうに歩み寄る。
「彼の理論は、古代エルフの術式を現代の導律技術の観点から再解釈しようとしていたの。その過程で、彼は『虚ろ』が発生するメカニズムと、それを逆転させる――つまり浄化するための理論的な可能性に到達していた」
「浄化の、可能性……!」
リオスが身を乗り出す。
「ええ。鍵となるのは、やはりあの地下実験場にあった『再誕の祭壇』よ。あそこで、正しい手順と『鍵』である私の力を使えば、淀んだ地脈の律動を本来の清浄な流れに戻せるかもしれない」
そこまで言って、リーナは言葉を濁し、俯いた。
「……でも、今の私たちじゃダメ。知識はあっても、力が足りないわ」
「力が足りないって、どういうことだ?」
リオスが怪訝そうに尋ねる。リーナは顔を上げ、強い視線で二人を見つめた。
「あの祭壇を動かすには、3つの強大な力が必要なの。律動を導く『鍵』としての私。奔流のようなエネルギーを受け止める強靭な『楔』。そして、浄化の過程で必ず発生する、強烈な『虚ろ』の反動を抑え込む『盾』。……今のままじゃ、発動した瞬間に私たちが消し飛んでしまう」
その言葉に、地下室の空気が重くなった。具体的な希望が見えた矢先の、残酷な現実だった。
「なるほどな。つまり、今の俺たちじゃ、あの祭壇に行っても自殺行為ってわけか」
ゼノスが腕を組み、低い声で唸る。リオスも、自分の背中の剣を無意識に握りしめた。この暴れる力を、完全に制御できていない自覚はあった。
「……ふむ。力押しでの突破は、さすがに分が悪そうですね」
それまで部屋の隅で黙々と壊れた時計の部品をいじっていたエリアスが、口を開いた。
「あんた、呑気なもんだな。自分が指名手配犯になった自覚はあるのか?」
リオスが呆れたように言うと、エリアスは眼鏡の位置を直しながら、いつもの涼しい顔で答えた。
「ええ、もちろん。ですが、焦っても事態は好転しません。それに、私はこれでも研究院の内部事情には詳しいんですよ。警備の穴や、彼らが『何を最も恐れているか』もね」
エリアスの瞳が、薄暗い地下室の中で冷たく光った。
「恐れている、だと?」
「ええ。研究院の上層部、特に評議会の老人たちは、自分たちが築き上げたこの歪な繁栄が崩れ去ることを何よりも恐れています。だからこそ、『虚ろ』の真実をひた隠しにし、エルヴィンを葬った」
エリアスは手元のゼンマイを指先で回しながら続けた。
「彼らは臆病なんですよ。だから、強固な警備の裏には必ず、彼ら自身の恐怖心からくる隙がある。そこを突けば、アスティラを脱出する活路は見出せるはずです」
「脱出、か。……だが、その先はどうする? 俺たちは力をつけなければならん」
ゼノスの問いに、エリアスは意味深な笑みを浮かべた。
「世界は広いですよ、ゼノスさん。アスティラだけが世界の全てではありません。……例えば、古代の知識が眠る場所や、失われた技術を継承する里など、あなたたちが『力』を得るための場所は、まだ残されているはずです」
その言葉に、リオスとゼノスは顔を見合わせた。
「……お前、一体何者だ? ただの研究員にしては、肝が据わりすぎているし、色々知りすぎている」
ゼノスが訝しげに問う。エリアスは少しの間沈黙し、やがて自嘲気味に笑った。
「……私は、エルヴィン・クロフォードの最後の教え子ですよ」
その言葉に、リーナが息を呑む。
「えっ……じゃあ、あなたは最初から……?」
「ええ。彼の研究が危険視され、異端の烙印を押されていく様を、一番近くで見ていました。彼が最後に到達した真実も、薄々は勘付いていた。……ですが、当時の私には、彼を救うことも、その意志を継ぐ勇気もなかった」
エリアスはゼンマイを強く握りしめた。
「私は、賢く立ち回ることを選びました。研究院という組織の中で生き残り、内部から機会を窺う道を選んだ。……卑怯者の選択ですね」
「……だから、俺たちを利用したのか? エルヴィンの研究を取り戻すために」
リオスの問いに、エリアスは真っ直ぐな視線を返した。
「否定はしません。君たちが現れた時、これは千載一遇の好機だと思った。……ですが、利用するだけではありませんよ。私も賭けたのです。君たちという、不確定要素に」
彼は立ち上がり、リオスたちに向かって深々と頭を下げた。
「改めて、協力させてください。師の無念を晴らし、この歪んだ国の在り方を正すために。私の持つ全ての知識と、研究院内部の情報を君たちに提供します」
その姿に、リオスは少し毒気を抜かれたように頭を掻いた。
「……たくっ、食えねぇ野郎だ。だがまあ、覚悟は本物みたいだな」
リオスはエリアスの肩をバシッと叩いた。
「わかった。改めてよろしく頼むぜ、エリアス。俺たちも、あんたの知識が必要だ。……それに、俺たち自身も、もっと強くならなきゃいけねぇみたいだしな」
「……フン、裏切ったら容赦せん。だが、確かに今のままでは、あのグラハムたちにも勝てん」
ゼノスも短く言い、リーナも決意を秘めた瞳で頷いた。
こうして、奇妙な四人の共同戦線が結成された。 古びた時計塔の地下で、彼らは次なる行動――アスティラからの脱出と、それぞれの「試練」へ向かう旅の準備を始める。
その夜、リオスは奇妙な夢を見た。 深い闇の中で、星喰の剣が青白く輝き、何者かの声が聞こえてくる夢を。
『……渇く……もっと……力を……お前自身の、力を……』
さて、卓上の語り部でございます。
第三十三話『潜伏、古びた時計塔の下で』、お読みいただき誠にありがとうございます。
王都アスティラの裏通り、古びた時計塔の地下での潜伏生活が始まりました。 エルヴィンの手記を解読したリーナによって、世界の歪みを正すための希望「律動の再誕」の可能性が示されました。しかし同時に、それを実行するためには、現在の彼らには決定的に「力」が不足しているという厳しい現実も突きつけられました。
「鍵」としてのリーナ、「楔」としてのリオス、そして「盾」としてのゼノス。それぞれが自らの役割を果たすためには、さらなる成長が不可欠です。
そして、ついに正体を明かしたエリアス。エルヴィンの最後の教え子として、師の無念を晴らすためにリオスたちに賭けた彼の覚悟は本物でした。奇妙な四人の共同戦線が、ここに結成されました。
次回、彼らはアスティラからの脱出を試みます。しかし、エリアスの言う「研究院の恐れ」とは何なのか。そして、リオスが見た奇妙な夢の意味とは。 物語は新たな局面へと動き出します。次回もどうぞご期待ください。
ps. この物語の最新情報や、設定資料、キャラクター紹介などは、私のブログ「Table Talker's Log」にて随時更新しております。物語の裏側や、アヴェリアの世界をより深く知りたい方は、ぜひ訪れてみてください。
https://tabletalker.info/category/avelia/
卓上の語り部より、敬具。




