第三十二話『赤光の地下迷宮、迫り来る鉄靴』
ジリリリリリリッ!
耳をつんざく警報音が、密閉された地下空間に反響する。天井の配管に設置された回転灯が赤く明滅し、ただでさえ不気味な青白い光を放つ巨大機関を、禍々しい影で彩っていた。
「急ぎましょう! 中央管理室が緊急封鎖機構を発動したら、全ての隔壁が閉じられます!」
エリアスが叫び、エルヴィンの研究室から飛び出した。リオスたちも、貴重な手記と資料を詰め込んだ鞄を抱え、その後を追う。
「チッ、見つかるのが早すぎるぞ!」
ゼノスが舌打ちしながら、短剣を引き抜く。彼の足元の影が、警戒するように周囲に広がった。
「最短ルートは正面の螺旋階段ですが、間違いなく警備兵が殺到してきます。こちらへ! 廃棄された資材搬入路を使います!」
エリアスが指差したのは、巨大なパイプの隙間にある、人が一人やっと通れるほどの狭いメンテナンス用の通路だった。
「あんな狭いところを!?」
リーナが声を上げるが、迷っている暇はない。彼らはエリアスに続き、薄暗い通路へと滑り込んだ。
通路の中は、蒸気と機械油の臭いが充満していた。這うように進む彼らの頭上で、ドォォォン! という重い音が響く。
「……今の音は?」
リオスが顔を上げる。
「第一隔壁が閉じられた音ですね。もう少し遅れていたら、我々はあの機関室に閉じ込められていましたよ」
エリアスは涼しい顔で言いながら、複雑な迷路のような通路を迷いなく進んでいく。
「お前、妙に慣れてないか? まるで自分の庭みたいだぞ」
リオスが訝しげに尋ねると、エリアスは振り返らずに答えた。
「優秀な研究者というものは、自分の職場の裏道くらい把握しているものですよ。特に、退屈な講義をサボりたい時にはね」
軽口を叩いているが、その進行速度は少しも落ちない。
やがて、狭い通路が開け、少し広い資材置き場のような空間に出た。ここを抜ければ、地上の裏庭に通じる非常口があるはずだ。
だが、そこには先客がいた。
「――発見した! 侵入者だ! 確保せよ!」
待ち構えていたのは、十名ほどの武装した警備兵だった。揃いの紺色の制服の上から、特殊な処理が施された胸当てと兜を装着し、手には帯電する特殊な警棒や、小型のクロスボウを構えている。門番とは比較にならない、精鋭部隊だ。
「くっ、まさかここも読まれていたとは!」
エリアスが初めて焦りの表情を見せた。
「問答無用だ。捕まれば、俺たちは『神隠し』の仲間入りだろうぜ」
ゼノスが前に躍り出る。
「影纏い!」
彼の影が帯のように伸び、前列の警備兵三人の足を絡め取った。
「うわっ!? なんだこの影は!」
「怯むな! 相手は律動使いだ! 星晶障壁を展開しろ!」
隊長らしき男が叫ぶと、後列の兵士たちが懐から奇妙な結晶体を取り出した。それが砕かれると、透明なドーム状の障壁が彼らの周囲に展開される。
「チッ、面倒な装備を!」
ゼノスの影の刃が障壁に弾かれる。王立研究院の底力を見せつけられた形だ。
「リオス、リーナ! 強行突破するぞ!」
「おうっ!」
リオスが背中の星喰の剣を抜き放つ。鞘から解き放たれた剣身が、地下に充満する濃密な律動――そして「虚ろ」の気配に反応し、激しく脈打ち始めた。
ドクンッ!
「ぐっ……!」
強烈な「飢え」がリオスを襲う。この地下空間は、地上の比ではないほど「虚ろ」のエネルギーで満たされている。剣が暴走しかけるのを、リオスは歯を食いしばって耐えた。
(呑まれるな……俺が、こいつを御すんだ!)
「はぁぁぁっ!」
リオスは気合と共に、展開された星晶障壁に向かって剣を振り下ろした。
ギィィィン!
金属音とは違う、奇妙な破砕音が響く。星喰の剣は、障壁を構成するエネルギーそのものを「捕食」し、ガラス細工のように粉砕した。
「バカな!? 星晶障壁が一撃で!?」
警備兵たちが驚愕に目を見開く。その隙を見逃さず、ゼノスが影を走らせてクロスボウの射手たちを無力化する。
「今よ! リオス!」
リーナがリオスの背中に手を当て、「鍵」の力を注ぎ込み、古代語の詠唱を紡ぐ。
「――Pūrgātiō Lūmen(浄化の光)!」
温かい光がリオスの体内を駆け巡り、剣から逆流してくる「虚ろ」の毒気を中和していく。
「よし! これならいける!」
体の自由を取り戻したリオスは、残る警備兵たちの間を駆け抜け、帯電警棒の攻撃を剣の腹で受け流しながら、峰打ちで次々と気絶させていった。
「くそっ、化け物かこいつらは! 退却! 増援を呼べ!」
隊長の号令で、意識のある兵士たちが撤退していく。
「深追いは無用です! 急ぎましょう、今の騒ぎでさらに警備が集中します!」
エリアスに促され、彼らは資材置き場を駆け抜けた。突き当たりにある錆びついた鉄扉を、リオスが体当たりでこじ開ける。
カァァァン!
重い音と共に扉が開くと、そこには夜の冷たい空気が流れ込んできた。 彼らが飛び出したのは、研究院の敷地の裏手にある、鬱蒼とした雑木林の中だった。赤く明滅する研究院の建物が、木々の隙間から見える。
「はぁ、はぁ……なんとか、地上に出られたな」
リオスが肩で息をしながら、剣を鞘に納める。リーナもへたり込むようにその場に座り込んだ。
「ええ。ですが、まだ安心はできません。研究院は総力を挙げて我々を捜索するでしょう。アスティラ中に手配書が回るのも時間の問題です」
エリアスが乱れた制服の襟を直しながら、冷静に現状を分析する。
「……あんた、これからどうするつもりだ? ここまで派手にやらかしたら、もう研究院には戻れんぞ」
ゼノスが鋭い視線を向けると、エリアスは困ったように肩をすくめた。
「そうですね。どうやら私も、晴れて『狂気の古代学者』の仲間入りをしてしまったようです。……しばらくは、君たちの厄介になっても?」
彼はそう言って、エルヴィンの資料が入った鞄を指差した。
「それの解読には、私の知識も役に立つはずですよ」
食えない男だ。だが、この状況で彼を突き放す選択肢はなかった。
「……仕方ねぇ。乗りかかった船だ。最後まで付き合ってもらうぜ、エリアス」
リオスが手を差し出すと、エリアスは少し驚いたような顔をしたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべてその手を握り返した。
「ええ、喜んで。共犯者として、よろしくお願いしますよ」
地下の歪みに触れ、王国のタブーを暴いた代償は大きい。彼らは世界の中心アスティラで、追われる身となったのだ。 だが、その手には確かに、未来への希望となる「鍵」が握られていた。
さて、卓上の語り部でございます。
第三十二話『赤光の地下迷宮、迫り来る鉄靴』、お読みいただき誠にありがとうございます。
鳴り響く警報、閉ざされる隔壁。王立研究院の地下からの脱出劇、まさに間一髪でしたね。 立ちはだかった精鋭警備兵たちが繰り出した「星晶障壁」。あれは、王国が独自に発展させた、星晶銀を利用した防御技術の一端です。
地下に充満する「虚ろ」の気配に呑まれかけたリオスでしたが、リーナの古代語詠唱による「浄化の光(Pūrgātiō Lūmen)」が彼を繋ぎ止めました。「器」と「導き手」、二人の連携が実を結んだ瞬間です。ゼノスの影の技も冴え渡っていましたね。
そして、案内役のエリアス。彼もまた、これで後戻りできない道を歩み始めました。「狂気の古代学者」の後継者として、リオスたちの「共犯者」となった彼の知識は、今後の大きな力となるでしょう。
無事に地上へ脱出したとはいえ、彼らは世界の中心アスティラで追われる身となりました。しかし、その手にはエルヴィンが命懸けで遺した希望の「鍵」があります。 潜伏しながらの解読作業、そして迫りくる追手。物語は新たな局面へと突入します。次回もどうぞご期待ください。
ps. 今回登場した「星晶障壁」をはじめ、王国の技術体系や古代語の設定など、アヴェリアの世界を彩る詳細な情報は、我々の拠点「Table Talker's Log」にて順次解説していく予定です。物語をより深く楽しみたい方は、ぜひチェックしてみてください。
https://tabletalker.info/category/avelia/
卓上の語り部より、敬具。




