第三十話『知の殿堂、封印の扉』
王立研究院の正門は、威圧的な鉄格子によって閉ざされていた。
その前には、揃いの紺色の制服に身を包んだ二人の衛兵が、槍を構えて立っている。街の門番たちよりも、遥かに洗練された装備と、冷徹な目をしていた。
「止まれ。ここは王国の重要施設だ。許可なき者の立ち入りは禁じられている」
衛兵の一人が、抑揚のない声で告げる。ゼノスが前に進み出て、懐からテオドールからの紹介状を取り出した。
「我々はストーンクリークの賢者、テオドール氏の紹介で参じた。研究院の学者の方々に、急ぎお目通り願いたい」
「テオドール?」
衛兵は眉をひそめ、紹介状の封蝋を訝しげに見つめた。
「聞いたことのない名だな。地方の学者が、何の用だ」
「彼は王立研究院から『賢者』の称号を授与された正式な学者だ。無礼だろう」
ゼノスが声を低くする。だが、衛兵は鼻で笑った。
「『賢者』の称号など、過去の栄光にすがる老いぼれに配っている名誉職だろう。そんな紙切れ一枚で、ここを通れると思うな。帰れ」
「貴様……」
ゼノスの体から、殺気が漏れ出す。足元の影が微かに蠢き、リオスも慌ててゼノスの肩を掴んだ。
「よせ、ゼノス。ここで騒ぎを起こしたら元も子もない」
「だが、この手合いは言葉で言っても分からんぞ」
一触即発の空気が流れた、その時だった。
「――おや、門前で騒ぎとは、珍しいですね」
鉄格子の向こう側から、穏やかな声が響いた。現れたのは、二十代半ばほどの若い男だった。衛兵と同じ紺色の制服だが、その肩には銀糸で複雑な刺繍が施されている。整った顔立ちだが、その灰色の瞳はどこか冷めたような、全てを見透かすような光を宿していた。
「エリアス様!」
衛兵たちが慌てて姿勢を正し、敬礼する。
「彼らは?」
「はっ。地方の学者の使いと名乗る、怪しい者たちでして。追い返そうとしていたところです」
エリアスと呼ばれた青年は、鉄越しにリオスたち、特にリオスが背負う大剣と、リーナの顔を興味深そうに観察した。
「ストーンクリークのテオドール……ああ、『山の賢者』と呼ばれている方ですね。懐かしい名前だ。偏屈で有名な彼が紹介状を書くなんて、よほどの事でしょう」
エリアスは衛兵の手から紹介状を受け取ると、封蝋を確認して頷いた。
「本物ですね。通してあげなさい」
「し、しかしエリアス様、このような身なりの者たちを……」
「私の客だと言っているのです。何か問題が?」
エリアスが微笑みを浮かべたまま、冷ややかな視線を向けると、衛兵は青ざめて口をつぐんだ。鉄格子が重々しい音を立てて開かれる。
「助かった。あんたは?」
礼を言うリオスに、青年は優雅に一礼した。
「私はエリアス・フォークナー。ここ王立研究院で、古代史とエネルギー工学を専攻している一介の研究員です。ようこそ、アスティラの知の殿堂へ」
エリアスに導かれ、三人は研究院の敷地へと足を踏み入れた。
内部は、外の喧騒が嘘のような静寂に包まれていた。 手入れの行き届いた中庭を囲むように、石造りの巨大な校舎や研究棟が並んでいる。回廊を行き交う人々は皆、難しそうな顔で書物を抱えたり、議論を交わしたりしていた。
「すごい……こんなにたくさんの本、初めて見たわ」
メインとなる研究棟のエントランスホールに入ると、リーナが感嘆の声を上げた。吹き抜けの巨大な空間には、天井まで届く本棚が壁一面に設置され、数え切れないほどの書物が収められている。まさに「知の殿堂」と呼ぶに相応しい光景だった。
だが、リオスは落ち着かなかった。 この建物に入った瞬間から、体の奥の「飢え」がざわついているのだ。地下実験場ほどではないが、空気中に微量な律動の流れを感じる。
(壁の向こうで、何かが動いている……?)
耳を澄ますと、石壁の奥深くから、低く唸るような機械音が微かに聞こえる気がした。表向きのアカデミックな雰囲気の下に、何かが隠されている。
「どうしました? 落ち着かない様子ですが」
エリアスが、試すような視線をリオスに向けてくる。
「いや……田舎者には、少し空気が綺麗すぎるみたいでな」
リオスは適当に誤魔化した。この男、親切だが、どこか油断がならない。ゼノスも無言で警戒しているのが分かる。
「さて、テオドール氏の使いということは、何か調べ物ですか? 私で良ければ、案内しますよ」
エリアスの申し出に、リーナがリオスと顔を見合わせ、意を決したように口を開いた。
「……探している人物がいます。古代技術史学者の、『エルヴィン・クロフォード』という方です。彼が遺した研究資料を閲覧したいのです」
その名前が出た瞬間、エリアスの足が止まった。周囲を歩いていた数人の研究員たちも、ギョッとしたように振り返り、すぐに顔を背けて足早に去っていった。
「……エルヴィン、ですか」
エリアスの表情から、笑みが消えていた。
「驚きましたね。今時、その名前を口にする人がいるとは。彼がここでどう呼ばれているか、ご存知ですか?」
リーナが首を横に振ると、エリアスは声を潜めて言った。
「『狂気の古代学者』、あるいは『王国のタブー』ですよ」
「狂気の、学者……?」
リーナが息を呑む。
「彼は優秀でしたが、その研究内容は王国の国益に反するものでした。特に、古代のエネルギー――君たちの言葉で言う『古代の神秘』に関する危険性を声高に主張しすぎた。結果、彼は学会を追放され、不遇の死を遂げたとされています」
エリアスは周囲を警戒しながら続けた。
「彼の著書や研究資料は、全て禁書指定されています。この一般書架にはありませんよ」
「そんな……じゃあ、もう読むことはできないの?」
リーナの落胆した声に、エリアスは少し考え込み、そして、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「公式には、ね。ですが、廃棄されたわけではありません。彼の資料は、地下にある『深層書庫』――通称『封印区画』に厳重に保管されています」
「地下……封印区画……」
リオスが呟く。「地下」という言葉に、嫌な記憶が蘇る。
「本来なら、学生はもちろん、一般の研究員でも立ち入りは不可能です。ですが……」
エリアスはリオスたちをじっと見つめた。その瞳の奥には、学者特有の飽くなき探求心と、退屈な日常への反逆心が渦巻いているように見えた。
「君たち、面白そうだ。テオドール氏が寄越した田舎の使い走りかと思えば、どうやら違うらしい。特に君、その背中の剣……タダモノじゃない」
彼はリオスを指差した。
「僕も、エルヴィンの研究には個人的に興味があってね。……どうです? もし君たちが本気で『封印』を解くつもりなら、僕がそこへの道を案内してあげてもいい」
それは、願ってもない申し出だった。だが同時に、この底知れない青年と共犯関係になることを意味していた。
リオスはリーナとゼノスを見た。二人は、小さく頷いた。
「……いいだろう。乗ったぜ、その話」
リオスの答えに、エリアスは満足げに微笑んだ。
「交渉成立ですね。では、歓迎しますよ。本当の意味での、アスティラの『深淵』へ」
さて、卓上の語り部でございます。
第三十話『知の殿堂、封印の扉』、お読みいただき誠にありがとうございます。
ついに王立研究院の内部へと足を踏み入れたリオスたち。圧倒的な知の殿堂の威容に目を奪われる一方で、リオスの「飢え」は、この場所がただの学び舎ではないことを敏感に感じ取っています。表向きの静寂の下で、微かに唸る機械音と、漏れ出す青白い光。この地下には、一体何が隠されているのでしょうか。
そして、彼らの前に現れた新たな人物、エリアス・フォークナー。若くして研究院に籍を置くエリートでありながら、どこか冷めた瞳を持つ彼との出会いが、リオスたちの運命を大きく動かすことになります。
彼らが求めるエルヴィン・クロフォードの遺産は、「深層書庫」と呼ばれる封印区画に眠っていることが判明しました。「狂気の古代学者」「王国のタブー」と呼ばれたエルヴィン。彼が遺した真実とは。
エリアスの手引きにより、禁断の扉が開かれようとしています。本当の意味でのアスティラの「深淵」へ。次回もどうぞご期待ください。
ps. 今回登場したエリアス、そして名前だけが出たエルヴィン。彼ら古代学者たちに関する情報は、我々の拠点「Table Talker's Log」にて一部公開されております。物語の背景をより深く知りたい方は、ぜひチェックしてみてください。
https://tabletalker.info/category/avelia/
卓上の語り部より、敬具。




