第二十九話『喧騒の巨都、石畳の影』
レムリア平原での長旅を共にした商隊の馬車に揺られながら、リオスたちは目の前に迫る巨大な影を見上げていた。
「……おい、嘘だろ」
馬車の窓から身を乗り出したリオスが、思わず声を漏らす。隣でリーナも息を呑み、言葉を失っている。
彼らの視界を埋め尽くしていたのは、地平線から天を突くようにそびえ立つ、巨大な石造りの都市だった。高く堅牢な城壁が街全体を囲み、その中心には王城と、それに並ぶ白亜の巨大な尖塔――王立研究院が見える。
無数の煙突から立ち上る煙、城壁の中を血管のように巡る大通り、そして豆粒のように見える無数の人々。故郷の村がいくつ入るか分からないほどの威容に、二人はただ圧倒されていた。
「これが……世界の中心、アストラル王都アスティラ……」
リーナの呟きに、御者台に座っていた商隊の主が振り返って笑った。
「へへっ、驚いたろう。何度来ても、このデカさには圧倒されるもんだ」
やがて馬車は、巨大な城門の前で停止した。入街を待つ長い列ができている。商隊とはここで別れとなる。
「あんたたちのおかげで助かったよ。ここから先は、達者でな」
商隊の主がリオスの手を力強く握る。あの夜、焚き火を囲んで話した傭兵長も、ニヤリと笑って手を振った。
「坊主、嬢ちゃん。『華やかな表通りだけが全てじゃない』って話、忘れるなよ。特に夜の裏通りには気をつけな」
「ええ、肝に銘じておきます。皆様も、どうかお気をつけて。本当にありがとうございました」
リーナが代表して深く頭を下げ、三人は馬車を降りた。商隊の人々の温かさに触れ、少しだけ緊張がほぐれた気がした。だが、彼らが残した「きな臭い噂」――神隠しと、青白い光の話は、彼らの心に重くのしかかっていた。
「行くぞ。ここからは俺たちだけで進む」
ゼノスに促され、彼らは城門の検問へと向かった。
「おい、お前たち。身分証を見せろ。目的は何だ」
案の定、強面の衛兵に呼び止められる。ボロボロの旅装に、異質な大剣。どう見ても怪しい一行だ。ゼノスが懐から、テオドールから託された封筒を取り出し、恭しく差し出した。
「我々はストーンクリークの賢者、テオドール様の使いで参じた。王立研究院へ急ぎの用件があるのだが……」
衛兵は封筒の蝋封に押された紋章を確認すると、態度を軟化させた。
「賢者様の……なるほど。よし、通っていいぞ。ただし、街中で騒ぎは起こすなよ。最近は物騒だからな」
「物騒?」
リオスがわざと聞き返す。衛兵は「早く行け」と手を振るだけだったが、その言葉は商隊の傭兵長が言っていた噂を裏付けるものだった。
門をくぐると、そこは喧騒の渦だった。 綺麗に舗装された広い石畳の大通りを、大小様々な馬車が行き交う。道の両側には石造りの高い建物が隙間なく並び、商店からは威勢の良い掛け声が響いていた。
「すごい、地面が全部石でできてるわ! それに、こんなにたくさんの人が……」
リーナが目を輝かせ、きょろきょろと周囲を見回す。だが、ゼノスは二人の首根っこを掴み、人混みの中を進んだ。
「はしゃぐな。スリに遭うぞ。……それに、表通りは目立ちすぎる」
彼は慣れた様子で雑踏を抜け、大通りから一本入った裏通りへと入った。
すると、街の雰囲気が一変した。 表通りの華やかさとは対照的に、そこは薄暗く、湿った空気が澱んでいた。石畳はひび割れ、建物の壁は黒ずんでいる。路地裏には、ボロボロの服を着た人々がうずくまり、虚ろな目でリオスたちを見上げていた。
「……これは」
リオスが顔をしかめる。商隊の男たちが言っていた「王都の影」が、これなのだろう。
その時、リオスの心臓がドクンと跳ねた。背中の星喰の剣が微かに震え、体の奥底で眠っていた「飢え」が、何かに反応して蠢いたのだ。
「っ……?」
リオスは足を止め、周囲を見回す。視線の先で、数人の衛兵が、一人の男を乱暴に尋問しているのが見えた。
「おい、昨日の夜、ここで何を見た! 『神隠し』が出たんだろう!?」
「ひぃっ、お、俺は何も知らねぇ! 黒い霧みたいなのが見えただけで、気づいたら誰もいなくなってたんだ!」
男の悲鳴じみた声が響く。周囲の住民たちは、関わり合いになるのを恐れるように、そそくさとその場を離れていく。
「……やっぱり、ただの噂じゃなかったのね」
リーナが不安げに囁く。「黒い霧」「人が消える」。それは、彼らが追っている「虚ろ」や「闇の盟約者」の手口と酷似している。この巨大な街の影で、確実に何かが起きている。
「余計なことには首を突っ込むな。俺たちの目的は一つだ」
ゼノスに促され、彼らは再び歩き出した。 裏通りを抜け、再び表通りに出ると、目の前に巨大な建造物が現れた。
周囲の建物を見下ろすようにそびえ立つ、白亜の尖塔。王立研究院だ。 その敷地は高い塀で囲まれ、門には重厚な鉄格子が嵌められている。
そして何より異様なのは、塀の内側から、昼間だというのに微かな青白い光が漏れ出していることだった。
「……あれが、噂の『青白い光』」
リオスが呟く。それは、彼らが遺跡や実験場で見てきた、古代の律動装置の輝きそのものだった。
「ここが、アスティラの知恵の結集地……」
リーナがゴクリと喉を鳴らす。門の前には屈強な衛兵が立っており、一般人の立ち入りを拒絶する威圧感を放っていた。
閑話で聞いた噂は、全て現実だった。神隠しも、青い光も。この場所には、世界の秘密に触れる何かが間違いなく存在する。
「行くぞ。俺たちの希望を探しに」
リオスは体の奥の違和感を押し殺し、決意を込めて一歩を踏み出した。彼らが求める古代学者エルヴィン・クロフォードの遺産。それがこの鉄格子の向こうに眠っているはずだ。
世界の中心たる巨都アスティラ。その喧騒と影が入り混じる場所で、彼らの運命が大きく動き出そうとしていた。
さて、卓上の語り部でございます。
第二十九話『喧騒の巨都、石畳の影』、お読みいただき誠にありがとうございます。
ついにリオスたちは、世界の中心、アストラル王都アスティラへと足を踏み入れました。辺境育ちの彼らにとって、その圧倒的なスケールと華やかさは衝撃的だったことでしょう。 しかし、閑話でも触れた「きな臭い噂」は、現実のものとして彼らに迫ってきました。華やかな表通りとは対照的な、薄暗い裏通り。囁かれる「神隠し」と「黒い霧」。そして、王立研究院から漏れ出す、古代の輝きによく似た「青白い光」。
この巨大都市には、何やら不穏な空気が漂っています。そして、リオスが感じた体の異変。彼の「飢え」は何に反応したのでしょうか。
彼らが求める古代学者エルヴィンの遺産は見つかるのか。そして、この都市に渦巻く謎とは。新章アストラル王都編、ここからが本番です! 次回もどうぞご期待ください。
ps. 今回、衛兵がテオドール氏を「賢者様」と呼んでいましたね。 少し補足しますと、このアストラル王国において「賢者」という言葉には二つの意味があります。
一つは、王立研究院から公式に認められた最高位の学者に与えられる名誉称号としての「賢者」。テオドール氏はこちらに該当します。だからこそ、彼の紹介状は王都でも効力を持つのです。 もう一つは……物語の序盤に出会ったアルキデウス様のような、古代の秘密を知る伝説的な存在としての「真の賢者」です。
この二つの「賢者」が、今後の物語でどう関わってくるのかも、注目ポイントの一つですぞ。
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https://tabletalker.info/category/avelia/
卓上の語り部より、敬具。




