閑話 其の四『平原に潜む歪み』
レムリア平原の中ほどまで差し掛かった頃、リオスたちの旅路に異変が生じた。 それまで穏やかだった風が止み、空気が湿ったように重苦しくなったのだ。
「……妙だな」
先頭を歩いていたゼノスが足を止め、周囲を警戒するように視線を巡らせる。 見渡す限りの草原は、一見するといつもと変わらない。だが、生物の気配が極端に少なかった。鳥のさえずりも、虫の音も聞こえない。
「どうしたの、ゼノス?」
リーナが不安げに尋ねる。ゼノスは短剣を抜き放ち、低く構えた。
「風の匂いが変わった。……来るぞ」
彼の言葉が終わるか終わらないかのうちに、草むらが激しく揺れた。
「グルルルッ……!」
飛び出してきたのは、五頭の草原狼だった。通常であれば、人間を恐れて近づかないはずの臆病な動物だ。 だが、今の彼らは明らかに異常だった。
「なっ、こいつら……!」
リオスが星喰の剣を抜く。 狼たちの毛並みは黒く変色し、所々の肉が腐ったように崩れ落ちていた。そして何より、その瞳には生気がなく、代わりにドロリとした闇が渦巻いていた。
「『虚ろ』の影響を受けた魔物化した動物ね。この辺りにも、歪みが広がっているんだわ……!」
リーナが悲痛な声を上げる。人里離れたこの平原にも、世界の終わりは確実に忍び寄っていたのだ。
「来るぞ!」
ゼノスの警告と共に、先頭の狼が飛びかかってきた。腐臭を撒き散らしながら迫る牙を、ゼノスが影の刃で受け流す。
「リオス、右だ!」
「おうっ!」
右側面から回り込んできた二頭に対し、リオスは星喰の剣を振るった。 地下実験場での戦い以来、この剣は常に「飢え」ている。鞘から抜いた瞬間、周囲の空気がざわめき、剣身が青白い光を帯びた。
(喰らい尽くせ……!)
リオスは剣の衝動に身を任せ、横薙ぎに一閃した。
――ゾォォォッ!
剣が狼の体に触れた瞬間、不気味な捕食音が響いた。斬られた狼の体が、砂のように崩れ、光の粒子となって剣に吸い込まれていく。
「すげぇ威力だ……」
リオス自身も、その威力に戦慄した。だが、次の瞬間、強烈な違和感が彼を襲った。
「ぐっ……!?」
心臓が早鐘を打ち、視界が歪む。剣が捕食した律動が、どす黒い奔流となってリオスの体内に逆流してきたのだ。それは、汚染された「虚ろ」のエネルギーそのものだった。
「がはっ!」
リオスはその場に膝をつき、激しく咳き込んだ。全身の血管が熱く脈打ち、意識が飛びそうになる。
「リオス!?」
「馬鹿野郎! まだ制御できない力で、汚染された存在を喰らうな!」
ゼノスが叫びながら、残りの狼たちを牽制する。彼は苦しむリオスのもとに駆け寄り、その肩を強く揺さぶった。
「しっかりしろ! 意識を食われるぞ!」
「くそっ……体が、熱い……!」
リオスは歯を食いしばり、暴れようとする体内の奔流を必死に抑え込んだ。だが、「飢え」は収まらず、むしろ目の前のゼノスやリーナさえも捕食対象として認識しそうになる。
「しっかりして、リオス!」
リーナが駆け寄り、リオスの額に手をかざした。彼女の「鍵」としての力が発動し、清浄な光がリオスを包み込む。
「う、うぅぅ……!」
光が体内の汚染を中和していく。数分のたうち回った後、ようやくリオスの呼吸が落ち着きを取り戻した。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
リオスは脂汗を流しながら、力なく地面に倒れ込んだ。星喰の剣は、いつの間にか元の古びた姿に戻っていた。
「……助かった。ありがとう、二人とも」
「全く、肝を冷やしたぞ」
ゼノスが短剣を納め、ため息をつく。周囲の狼たちは、既に彼の手によって始末されていた。
「あなたの剣は、律動を捕食する力。でも、その相手が『虚ろ』に汚染されていたら、その歪んだ律動まで一緒に取り込んでしまうのよ」
リーナが真剣な表情で説明する。
「今のあなたには、まだそれを浄化する力はない。『導き手』の私がいないと、あなたは自滅してしまうわ」
リオスは自分の手を見つめた。強大な力を手に入れたと思っていたが、それは諸刃の剣だったのだ。
「……ああ。肝に銘じておくよ」
リオスは立ち上がり、王都の方角を見据えた。
平穏に見えるこの平原にも、確実に「虚ろ」の魔の手は伸びている。一刻も早く、この力の制御法を学び、世界の歪みを正さなければならない。
「行こう。休んでいる暇はない」
三人は再び歩き出した。その背中には、以前にも増して強い危機感と、焦燥感が漂っていた。
さて、卓上の語り部でございます。
閑話『平原に潜む歪み』、お読みいただき誠にありがとうございます。
王都アスティラへ向かう長い旅路の途中、一見平和なレムリア平原にも、「虚ろ」の魔の手は忍び寄っていました。 覚醒した星喰の剣の力、「律動捕食」。それは強力ですが、相手が「虚ろ」に汚染されていた場合、その毒までも取り込んでしまうという諸刃の剣であることが明らかになりました。
力の制御に苦しむリオス、それを支えるリーナとゼノス。三人の連携がなければ、リオス自身が新たな「災厄」になりかねない危うさ。世界の危機が刻一刻と迫っていることを、彼らは改めて痛感したことでしょう。
この経験を経て、彼らは再び歩き出します。目指すは世界の中心、王都アスティラ。そこで彼らを待つ運命とは。 本編の続きも、どうぞご期待ください。
ps. 彼らの旅の軌跡や世界観設定などは、我々の拠点「Table Talker's Log」にて随時更新しております。物語をより深く楽しみたい方は、ぜひ覗いてみてください。
https://tabletalker.info/category/avelia/
卓上の語り部より、敬具。




