閑話 其の三『星空の下の語らい』
ストーンクリークを立ち去り、数日が過ぎた。
リオスたち一行は、大陸中央部に広がる広大なレムリア平原を、王都アスティラ目指してひたすらに歩き続けていた。
見渡す限りの草原と、緩やかな丘陵。昼間は太陽が容赦なく照りつけ、夜になれば肌を刺すような冷気が大地を包む。満身創痍の体を引きずっての強行軍は、彼らの体力と精神を確実に削り取っていた。
その日の夜。彼らは風を避けられる小さな丘の陰で野営をすることにした。 焚き火の爆ぜる音だけが、静寂な夜に響いている。
見張りの当番はリオスだった。彼は焚き火の傍らで膝を抱え、星喰の剣をじっと見つめていた。鞘に収まっていても、その禍々しい気配は消えていない。
(……腹が、減ってるのか?)
自分の意志とは裏腹に、体の奥底で何かが蠢いている。あの地下実験場で覚醒して以来、この剣は常に世界の律動を捕食しようと飢えているようだった。気を抜けば、自分自身の意識まで食い尽くされてしまいそうな、底知れぬ恐怖があった。
「……リオス、起きてる?」
背後から、小さな声がした。振り返ると、毛布を肩から羽織ったリーナが立っていた。
「リーナか。起こしちまったか?」
「ううん。なんだか、目が冴えちゃって」
リーナはリオスの隣に腰を下ろし、焚き火に手をかざした。揺らめく炎が、彼女の横顔をオレンジ色に照らす。
しばらくの間、二人は無言で火を見つめていた。薪が爆ぜる音だけが、二人の間を埋める。
「……ねえ、リオス。大丈夫?」
沈黙を破ったのは、リーナだった。彼女は心配そうにリオスの顔を覗き込んでいた。
「何がだ?」
「嘘をつかないで。ずっと、その剣のこと、気にしてるんでしょ?」
図星だった。リオスは苦笑し、視線を剣に戻した。幼馴染の彼女には、隠し事はできないようだ。
「……ああ。正直、怖いんだ。この力が」
リオスはぽつりぽつりと、胸の内を語り始めた。
「あの時、俺はただ、お前たちを守りたくて、無我夢中で力を求めた。そうしたら、こいつが応えてくれた。でも……」
彼は自分の手を握りしめた。
「こいつは、触れるもの全ての律動を喰らい尽くす。敵だろうが、壁だろうが、空間だろうが、お構いなしだ。もし、制御を誤ったら……俺は、お前たちまで喰らっちまうかもしれない」
それが、一番の恐怖だった。大切な人を守るための力が、大切な人を傷つける刃になるかもしれない。その矛盾が、リオスの心を重く押し潰していた。
リーナは静かに話を聞いていたが、やがてそっとリオスの手に自分の手を重ねた。その手は冷たかったが、リオスには温かく感じられた。
「大丈夫よ、リオス。あなたは一人じゃないわ」
リーナが力強く言った。その瞳は、焚き火の光を反射して強く輝いていた。
「忘れないで。私は『導き手』よ。あなたのその力が、間違った方向へ行かないように、私が必ず導いてみせる。あなたの剣が世界を喰らう牙なら、私はその手綱になるわ」
「リーナ……」
「それに、あなたには『抑制者』のゼノスもいる。私たちは三人で一つなの。だから、一人で抱え込まないで」
リーナの言葉が、リオスの凍りついていた心に染み渡っていく。そうだ。自分には仲間がいる。命を預け合える、最高の仲間たちが。
「……ありがとな。お前がいてくれて、本当によかった」
リオスはリーナの手を握り返した。体の奥の「飢え」が、少しだけ静まったような気がした。
「ふん、夜中に熱いことだ」
不意に、背後の闇から声がした。二人が驚いて振り返ると、少し離れた場所で寝ていたはずのゼノスが、半身を起こしてこちらを見ていた。
「ゼ、ゼノス! 起きてたの!?」
リーナが慌てて手を引っ込める。ゼノスは鼻を鳴らし、焚き火に新しい薪を放り込んだ。
「これだけ騒がしくされては、寝るに寝られん。……だが、まあ」
彼はリオスを一瞥し、ぶっきらぼうに言った。
「お前が怪物になり果てる前に、俺が止めてやる。だから、安心して暴れろ」
それは、彼なりの不器用な激励だった。
「へっ、そいつは頼もしいな」
リオスは笑った。リーナも、つられてクスクスと笑う。 冷たい平原の夜風の中で、焚き火を囲む三人の間に、温かい空気が流れた。
「さあ、もう寝ろ、リーナ。明日は早いんだから」
「うん。リオスも、無理しないでね」
リーナは自分の寝床に戻っていった。ゼノスも再び横になり、背中を向ける。
一人残されたリオスは、再び星喰の剣を見つめた。恐怖は消えたわけではない。だが、それを上回る勇気が湧いてきていた。
(守ってみせる。この力で、絶対に)
彼は顔を上げ、満天の星空を見上げた。無数の星々が、彼らの旅路を祝福するように輝いていた。 王都アスティラまでは、まだ遠い。だが、彼らの足取りは、以前よりも確かなものになっていた。
さて、卓上の語り部でございます。
閑話 其の三『星空の下の語らい』、お読みいただき誠にありがとうございます。
激しい戦いの狭間、王都アスティラへ向かう長い旅路の途中での一コマでした。
覚醒した星喰の剣。その「律動を捕食する」という異質な力は、持ち主であるリオスにとっても恐怖の対象です。一歩間違えれば、大切な仲間さえも傷つけてしまうかもしれない……そんな彼の不安を、リーナの温かい言葉と、ゼノスの不器用な激励が溶かしていくシーンは、書いていて胸が熱くなりました。
「導き手」としての自覚を強めるリーナ。「抑制者」としてリオスを止める覚悟を持つゼノス。そして「器」として力を振るうリオス。三人の絆は、この旅を通じてより強固なものになっています。
この静かな夜を経て、彼らは再び歩き出します。目指すは世界の中心、王都アスティラ。そこで彼らを待つ運命とは。 本編の続きも、どうぞご期待ください。
ps. 彼らの旅の軌跡や世界観設定などは、我々の拠点「Table Talker's Log」にて随時更新しております。物語をより深く楽しみたい方は、ぜひ覗いてみてください。
https://tabletalker.info/category/avelia/
卓上の語り部より、敬具。




