第二十七話『星を喰らう牙、歪な調律』
天蓋山脈の地下深く、旧ゲイル・テトラの里に隠された古代エルフの実験場。
湿った冷気と埃が舞うその空間で、リオスは青白く脈打つ星喰の剣を構え、踏み込んだ。
その速度は、満身創痍だった先刻までとは比較にならない。床を蹴る音すら置き去りにするような突進だった。
「小僧が、調子に乗るなよ!」
グラハムの苛立ちが混じった号令で、残りの黒騎士たちが一斉に刃を向ける。狭い実験場を埋め尽くすように、重厚な大剣と鋭利な槍がリオスの進路を塞いだ。
だが、リオスは止まらない。回避行動すら取らず、真っ向から突っ込んだ。
「喰らい尽くせ――!」
リオスが星喰の剣を一閃させる。 金属が激突する甲高い音は、しなかった。 代わりに響いたのは、何かが強引に咀嚼されるような、湿った不気味な音だった。
「……なっ!?」
グラハムが目を見開く。 リオスの剣と接触した黒騎士の大剣が、触れた端から砂のように崩れ去ったのだ。いや、崩れたのではない。剣を構成していた「律動」そのものが、星喰の剣に吸い取られ、物理的な形を維持できなくなったのだ。
勢いを失った黒騎士の胴体に、リオスの刃が吸い込まれる。鎧も、その内側にあるはずの肉体も、断末魔の声すら上げることなく、青白い光の中に消えていった。後に残ったのは、さらさらと石畳に落ちる塵だけだった。
「馬鹿な……斬ったのではない、奴の存在そのものを『喰らった』というのか!?」
「さあな。こいつが腹を空かせてるみたいでな!」
リオスは獰猛な笑みを浮かべ、次の標的へ向かう。その動きには、獣のような荒々しさと、洗練された剣技が同居していた。
「させるか!」
残る三体の黒騎士が包囲陣を敷く。 だが、その足元が実験場の床を這う不自然な影によって縫い留められた。
「――リオス、存分に暴れろ。足止めは引き受ける」
ゼノスだ。彼もまた満身創痍のはずだが、リオスの変貌に呼応するように、その影の刃は鋭さを増していた。この場所――彼の一族の因縁の地で、負けるわけにはいかないという執念が感じられた。
「ナイスだ、ゼノス!」
動きを封じられた黒騎士たちは、もはやリオスの敵ではなかった。一振りで二体が塵となり、最後の一体も唐竹割りにされ、虚空へと消えた。
実験場には、再び静寂が戻った。立っているのは、息を荒げるリオスと、それを支えるゼノス、そして後方で書物を抱きしめながら、気丈に清浄な光を放ち続けるリーナ。 対するは、配下を全て失ったグラハムただ一人。
「……フン。ただの鈍ら剣かと思っていたが、まさか『律動を喰らう』性質を秘めていたとはな。見誤っていたようだ」
グラハムの表情から、余裕の笑みが消えていた。彼は忌々しげに舌打ちをすると、両手を広げ、実験場全体の空間を掌握にかかった。
「だが、所詮は獣の力。『調律』の理からは逃れられん! 貴様のそのふざけた力ごと、空間を捻じ曲げてやる!」
グラハムを中心に、視界がぐにゃりと歪む。先ほどリオスたちを苦しめた不協和音の空間支配が、さらに密度を増して襲いかかった。朽ちかけた実験器具が悲鳴を上げ、天井から石屑がパラパラと落ちてくる。
「きゃあっ!」
リーナが悲鳴を上げ、彼女が展開していた光が揺らいだ。
「リーナ!」
「心配するな、リオス! 彼女の守りは私が支える!」
ゼノスがリーナの前に立ち、自身の影をドーム状に広げて歪な空間の圧力を受け止める。だが、その影もミシミシと音を立てて軋んでいる。
「ハッ、無駄なことを! 貴様らごときが、私の『調律』に抗えるものか!」
グラハムが勝利を確信したように叫ぶ。空間の歪みが頂点に達し、全てを圧し潰そうとした、その時。
歪みの中心を、青白い閃光が突き抜けた。
「――抗うさ。何度だってな!」
リオスが、歪曲した空間の中を、強引に突き進んでいた。 彼に触れた歪みは、星喰の剣に触れた瞬間、渦を巻いて吸い込まれていく。不協和音が、剣の脈動に飲み込まれていく。
「貴様、私の空間支配すらも喰らうというのか!?」
「不味い食事だがな……残さずいただくぜ!」
リオスはグラハムの懐に飛び込み、渾身の一撃を放った。 グラハムは咄嗟に腕を交差し、自身の周囲の空間密度を極限まで高めて防御壁とする。
――ガギィィンッ!
今度は、硬質な衝突音が響いた。空間の壁は星喰の剣の捕食に耐えたが、その衝撃は凄まじく、グラハムの体が後方へと吹き飛んだ。彼は実験台の残骸に激しく激突し、埃にまみれた。
「ぐぅっ……!」
グラハムが苦悶の声を漏らし、よろめきながら立ち上がる。その整えられた髪は乱れ、顔には隠しきれない焦燥が浮かんでいた。
リオスは追撃しようと一歩踏み出すが、ガクリと膝が折れた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
急激な力の行使に、肉体が悲鳴を上げている。星喰の剣の光も、明滅を始めていた。
グラハムはその様子を見て、悔しげに顔を歪めた。
「……チッ。これ以上の消耗は計画に支障が出るか」
彼は憎悪に満ちた視線で三人を見据え、両手を激しく打ち合わせた。
「覚えておけ、希望の継承者ども。今日のところは預けてやる。だが、世界の『調律』は止まらん。その書物が導く先には、さらなる絶望が待っているぞ」
グラハムの周囲の空間律動がデタラメに乱反射し、視界を遮る蜃気楼のような歪みが発生した。
「待てっ!」
リオスが手を伸ばすが、歪みは一瞬で収束し、その場には誰もいなくなっていた。自身の能力を応用し、姿を晦ませたのだ。
敵の気配が完全に消えたことを確認し、リオスは緊張の糸が切れたように、その場に崩れ落ちた。星喰の剣が手から離れ、カランと乾いた音を立てる。
「リオス!」
リーナが駆け寄り、他的体を抱き起こす。リオスは全身汗まみれで、高熱を発していたが、その顔には安堵の笑みが浮かんでいた。
「へへ……なんとか、追い払ったな……」
「ええ、ええ! あなたのおかげよ。本当に、無茶ばかりして……」
リーナの目から、安堵の涙が溢れる。ゼノスもゆっくりと歩み寄り、リオスの肩に手を置いた。
「……大した食欲だったな。あの調律者の空間すら喰らい尽くすとは」
「ああ……でも、もう腹いっぱいだ。動けねぇ……」
三人は、薄暗い実験場の中で、互いの無事を確かめ合うように寄り添った。 グラハムは去った。だが、彼が最後に残した言葉は、重くのしかかる。
彼らが手にしたのは、世界を救う希望の書。しかしそれは、闇の盟約者との全面戦争の始まりを告げる狼煙でもあった。
ゲイル・テトラの因縁が眠るこの場所で、彼らはあまりにも大きな使命を背負うことになった。満身創痍の継承者たちは、束の間の休息の中で、次なる険しい道への覚悟を固めるのだった。
さて、卓上の語り部でございます。
第二十七話『星を喰らう牙、歪な調律』、お読みいただき誠にありがとうございます。
覚醒したリオスの星喰の剣、その威力は凄まじいものでした。「斬る」のではなく、存在を構成する律動そのものを「喰らう」という異質な力。精鋭たる黒騎士たちが塵と化していく様は、まさに圧巻の一言でした。
そして、その力を最大限に活かすためのゼノスの影による足止め、グラハムの歪な空間支配から身を守るリーナの光。満身創痍の中での三人の絆と連携が、絶望的な状況を覆したのです。
とはいえ、相手はあの「調律者」グラハム。撤退際に見せた空間操作の応用など、その実力の底はまだ見えません。彼が残した不穏な言葉は、これからの闇の盟約者との全面戦争を予感させますね。
ひとまずの危機を脱した彼らですが、手に入れた古代の英知をどう活かすのか。次回、束の間の休息と、新たな旅立ちの予感にご期待ください。
ps. 更に『アヴェリア物語』の世界設定や裏話に興味がある方は、ぜひ「Table Talker's Log」をご覧ください。物語をより深く楽しめる記事を随時更新しております。
https://tabletalker.info/category/avelia/
卓上の語り部より、敬具。




