第十八話 『ゲイル・テトラへの道標』
ストーンクリークの宿屋で迎えた朝は、吹雪が嘘のように静まり返っていた。
窓から差し込む光が、暖炉のそばで眠る遭難者たちを照らしている。彼らの容態は安定しており、リーナの施した律動の力が、確かに彼らの命を繋ぎ止めていた。
リオスたちは、テオドールを囲み、彼の広げた古い羊皮紙の地図を覗き込んでいた。 それは、テオドールが長年の研究の末に手に入れた、天蓋山脈の奥地を示す地図だった。
「ここが、わしが突き止めた『ゲイル・テトラの集落跡』のおおよその位置だ」
テオドールは、地図上の一点を指差した。そこは、ストーンクリークからさらに北へ、山脈の奥深くへと分け入った場所を示している。
「ここへ行くには、装備を万全に整える必要がある」
リオスが、険しい表情で言った。昨夜の吹雪は、この先の厳しさを物語っている。
「この町で、登山用の装備や保存食を揃えよう。金は……ウィスパーウッドで得た報酬がまだ残っている」
「問題は、道だ」
ゼノスが、地図を睨みながら低く呟いた。
「この地図は大雑把すぎる。ここから先は、道なき道を行くことになるだろう」
彼の顔には、自らのルーツへと向かうことへの戸惑いと、使命への覚悟が入り混じっていた。
「ゼノス……」
リーナが、心配そうに彼を見つめた。
「大丈夫だ」
ゼノスは、短く答えた。
「アルキデウスの最期の言葉も、この老人の研究も、すべてが俺の部族を指し示している。逃げるわけにはいかん」
彼は、リオスに向き直った。
「リオス。俺達の目的は『虚ろの揺り籠』だ。俺の部族の伝承を探すことが、そこへ至る唯一の道だというのなら、俺は行かなければならない」
「当たり前だろ」
リオスは、ゼノスの肩を叩いた。
「俺たちは仲間だ。お前の過去は、俺たちの未来に繋がってる。一緒に行くさ」
「二人とも……」
リーナも、強く頷いた。
テオドールは、三人の様子を満足そうに眺めていた。
「お前たちなら、あるいは……。そうだ、一つ忠告しておく」
老研究家は、地図のさらに奥、集落跡の先を指差した。
「ゲイル・テトラの集落跡は、『聖なる樹海』と呼ばれる場所の近くだと伝わっている。そこは、山脈の中でも特に『山の息吹』が強い場所だ。わしの研究では、その樹海こそが、障壁の核心部……あるいは、障壁そのものかもしれん」
「聖なる樹海……」
リーナが、その言葉を反芻する。
「装備を整えるなら、町の鍛冶屋と交易所に行くといい。わしの名前を出せば、多少は融通してくれるだろう」
テオドールは、そう言って、地図を丁寧に丸め、ゼノスに手渡した。
「これは、お前たちが持つべきものだ。わしは、ここで待っている。お前たちが見つけるであろう『答え』をな」
三人は、テオドールに深々と頭を下げ、宿屋を後にした。 ストーンクリークの町は、朝の活気に満ちていた。彼らはテオドールの助言通り、鍛冶屋でピッケルや丈夫な縄、防寒具を、交易所で長期間保存できる干し肉や固いパンを買い揃えた。 遭難者を救助した一行は、町の人々から感謝と尊敬の目で見られており、準備は思いのほかスムーズに進んだ。
すべての準備を終え、三人はストーンクリークの北門に立っていた。 門の向こうには、昨日までの荒野とは比較にならない、険しく切り立った岩壁と、万年雪を抱いた天蓋山脈の姿が広がっている。 ここから先は、文明の光が届かない、未知の領域だ。
「よし、行くか」
リオスが、背負った荷物のベルトを締め直した。 リーナは、心珠を握りしめ、覚悟を決めた表情で頷く。
ゼノスは、門の先にある故郷の山々を、静かに見つめていた。 彼は、一歩前に出ると、雪に覆われた獣道を迷いなく進み始めた。 リオスとリーナも、彼の後を追う。
天蓋山脈の奥深く、失われたゲイル・テトラの集落跡を目指す旅が、今、始まった。 彼らが進む道は、ただ険しいだけではない。世界の律動の秘密と、ゼノスの忘れられた過去へと続く道だった。
歩き始めて数時間、彼らは既にストーンクリークの姿が見えない深い谷間にいた。 風の音が変わり、空気がさらに冷たく、密度を増したように感じる。 ゼノスは、地図と周囲の地形を見比べながら、慎重に進んでいた。
ふと、ゼノスが立ち止まり、古い岩壁を見上げた。 そこには、風化してほとんど消えかかっているが、幾何学的な模様が刻まれている。
「……これは」
ゼノスが、その模様に触れた。
「どうしたんだ、ゼノス?」
リオスが尋ねる。
「……分からない。だが、これを見たことがある」
ゼノスの脳裏に、幼い頃に祖母から聞いた、断片的な子守唄の旋律が蘇っていた。
『山の守り神、岩の道標……』
「……道は、間違っていないようだ」
ゼノスは、そう呟くと、再び前を向いて歩き出した。彼の瞳には、これまでになかった強い光が宿っていた。
後書き
さて、卓上の語り部でございます。
第十八話『ゲイル・テトラへの道標』、お読みいただき誠にありがとうございます。 テオドールに見送られ、三人はついに天蓋山脈の奥深くへと足を踏み入れました。 ゼノスにとって、それは自らの失われた過去と向き合う旅路の始まりでもあります。
「俺達の目的」として、仲間と共に進むゼノス。 道なき道を進む中、彼が見つけた風化した『道標』。 それは、彼の記憶の奥底に眠る子守唄と重なりました。
この道標が導く先に、ゲイル・テトラの集落は本当にあるのでしょうか。 そして、彼らを待ち受ける『聖なる樹海』とは。 ゼノスのルーツを巡る旅に、どうぞご期待ください。
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卓上の語り部より、敬具。




