第十五話 『北への道、最初の試練』
賢者の塔を後にした三人の足取りは、重かった。
アルキデウスの喪失感が、彼らの心にずしりと圧し掛かっている。だが、その悲しみに浸る時間は彼らには許されない。世界に与えられた猶予は、彼の命と引き換えに得たものだ。
「……まずは、天蓋山脈へのルートを確認しないと」
リオスが、沈痛な面持ちで古地図を広げた。彼の指が、賢者の塔から遙か北に横たわる巨大な山脈をなぞる。
「じいさんが言ってた『虚ろの揺り籠』は、この山脈の奥深くにあるんだろ?」
「そうだ。だが、天蓋山脈は、生半可な気持ちで挑める場所ではない」
ゼノスが、地図の険しい地形を鋭い目つきで睨みながら言った。
「標高が高くなるにつれて、気候は極端に厳しくなる。麓までは開拓村があるが、それから先は未踏の地に近い。特に『虚ろの揺り籠』があると言われる山脈の核心部は、律動の乱れも強いだろう」
「律動の乱れ……?」
リーナが、不安げに呟いた。律動制御炉との接続で感じた律動の奔流は、今も彼女の記憶に鮮明に残っている。
「もしかして、そこへたどり着くには、私たちだけじゃ足りないってこと?」
リオスは、剣の柄に手を置き、空を見上げた。穏やかな青空だが、その向こうに、計り知れない困難が待ち受けているように思えた。
「そこまで危険な場所だと、食料や防寒具だけじゃなく、特別な準備が必要になるかもしれないな」
ゼノスは、ゆっくりと首を振った。
「俺たちの部族にも、天蓋山脈に関するいくつかの伝承が残っている。その多くは、『山の怒り』や『影』という言葉で語られ、近づくことを戒めるものだ」
彼の視線が、再び地図の『虚ろの揺り籠』のマークに固定される。
「アルキデウスの最期の言葉……『ゲイル・テトラの民よ、お前たち部族が捨てた使命を思い出せ……天蓋山脈の『影』を……』。あれは、ただの警告ではなかったはずだ」
「ゼノスの部族の伝承が、鍵になるかもしれないってことか?」
リオスが、真剣な表情で尋ねる。
「可能性はある。だが、俺自身、その『使命』や『影』が何を指すのか、具体的な情報は持ち合わせていない」
ゼノスは、悔しげに眉をひそめた。
リーナは、心珠を握りしめ、前を見据えた。
「アルキデウス様は、私たちに世界を託してくれた。きっと、どんな困難があっても、乗り越えられるって信じて」
彼女の言葉には、アルキデウスの犠牲を無駄にしないという、強い決意が込められていた。
「よし、じゃあ方針を立て直そう」
リオスが、地図に指を差しながら言った。
「まず、天蓋山脈の麓にある、最も大きな開拓町を目指す。そこで、山脈に関する情報を集めるんだ。山脈の奥深くを探求する者や、律動に詳しい賢者、もしかしたらゼノスの部族の生き残りにも会えるかもしれない」
「その通りだな」
ゼノスも頷く。
「『虚ろの揺り籠』へたどり着くには、天蓋山脈に関するさらなる知識と、それを乗り越えるための備えが必要になるだろう。焦りは禁物だ」
リーナは、ホッとしたように息をついた。
「よかった……。やっぱり、みんなで話すのが一番だね。私、一人じゃ不安だったもの」
彼女の言葉に、リオスとゼノスは、穏やかな視線を向けた。アルキデウスを失った悲しみはまだ癒えないが、彼らは確かに、新たな絆を育み始めている。
三人は、古道を北へと進む。 途中の小さな開拓村で、彼らは山脈の麓にある開拓町「ストーンクリーク」の名を聞いた。そこは、天蓋山脈への玄関口と呼ばれ、多くの探求者や案内人たちが集まる場所だという。
「ストーンクリーク……そこに行けば、きっと何か分かるはずだ」
リオスは、剣の柄を握りしめ、天蓋山脈の方向を見上げた。
その日の夕暮れ、彼らは山脈の巨大な影が色濃く迫る中、新たな決意を胸に、ストーンクリークへと続く道を歩いていた。アルキデウスの犠牲によって得た猶予と、託された使命。それが、彼らの新たな旅の原動力となっていた。
さて、卓上の語り部でございます。
第十五話『北への道、最初の試練』、お読みいただき誠にありがとうございます。 アルキデウスの犠牲を乗り越え、リオス、リーナ、ゼノスの一行は、ついに天蓋山脈の奥深くにある『虚ろの揺り籠』を目指し、旅路を再開しました。
しかし、その道は決して平坦ではありません。天蓋山脈の険しさ、律動の乱れ、そしてゼノスの部族に伝わる謎めいた『影』の伝承が、彼らの前に立ちはだかります。旅の最初の目的地は、山脈の玄関口である開拓町「ストーンクリーク」。そこで彼らは、新たな情報や出会いを求めることとなるでしょう。
アルキデウスの犠牲によって深まった彼らの絆と、未知への挑戦。
次なる物語の展開に、どうぞご期待ください。
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卓上の語り部より、敬具。




