第十四話 『旅立ちの代償と、託された使命』
律動制御炉は、安定した脈動を取り戻していた。 しかし、その空間は、もはや眩い光に満たされてはいなかった。アルキデウスが消滅した場所には、かつて彼が立っていたという痕跡すら残っておらず、ただ冷たい空気が流れているだけだ。
「じいさん……」
リオスは、絞り出すような声で呟いた。その目に宿る光は、深い悲しみと、行き場のない怒りに揺れている。
リーナは、心珠を胸に抱きしめ、ただ静かに佇んでいた。起動に成功した安堵感と、アルキデウスを失った喪失感。二つの相反する感情が、彼女の心の中で渦巻いている。だが、その瞳には、アルキデウスが命を賭して掴み取ってくれた「猶予」を無駄にはしないという、強い決意が宿っていた。
ゼノスは、無言で、アルキデウスが消えた場所を見つめていた。彼の表情は硬く、その脳裏には、消えゆくアルキデウスが最後に囁いた言葉が、何度も反響している。
『……ゲイル・テトラの民よ……お前たち部族が捨てた使命を思い出せ……天蓋山脈の『影』を……』
(捨てた使命……?)
ゼノスの胸に、漠然とした疑問と、ある種の焦燥感が沸き上がってくる。彼の部族に伝わる古の伝承と、アルキデウスの言葉。その二つが、線で繋がろうとしているかのように、彼の心を揺さぶっていた。
「……行こう」
やがて、リオスが、重い口を開いた。
「ここにいても、じいさんが喜ぶわけじゃねえ。俺たちは……じいさんが時間を稼いでくれた間に、厄災の元凶を突き止めるんだ」
リーナは、ゆっくりと頷いた。
「うん……。アルキデウス様の分まで、私たちが……」
三人は、再び通路へと引き返す。 祭壇の間を抜け、賢者の塔の、長い螺旋階段を降りていく。これまで感じていた律動の重圧は、制御炉の起動により和らいでいたが、彼らの足取りは、アルキデウスの喪失という新たな重みを背負っていた。
塔の外に出ると、アヴェリアの空は、穏やかな朝日に染まっていた。 しかし、その光は、彼らの心に差し込む悲しみを、完全に拭い去ることはできない。
「これから、どうする?」
ゼノスが、リオスに尋ねた。彼の視線は、既に遥か北にそびえる天蓋山脈の方向へと向けられている。
リオスは、胸元に手をやり、アルキデウスから託された古地図の存在を思い出す。
「アルキデウスのじいさんが言ってた、『天蓋山脈の奥深くにある『虚ろの揺り籠』……そこが、厄災の元凶だってな」
リオスは、地図を広げる。
「まずは、天蓋山脈を目指す。そこから先は……その時に考えるしかない」
ゼノスは、その地図に描かれた山脈と、自分の故郷ゲイル・テトラの位置を交互に見る。 アルキデウスが残した言葉が、彼の頭から離れない。
「天蓋山脈の『影』……。俺たちの伝承に、そんな話があったか……」
ゼノスは、何かを思案するように目を細めた。
リーナは、背後にそびえる賢者の塔を見上げた。 あそこに、アルキデウスはじっとしていた。彼の一族が、永きにわたり守り続けてきた場所。 だが、もう彼の姿はない。
「アルキデウス様……」
リーナは、小さく呟くと、心珠を握りしめた。 彼女の心には、アルキデウスの犠牲を無駄にしないという、固い決意が宿っている。
三人は、賢者の塔を後にし、新たな目的地へと足を踏み出した。 彼らの旅は、一層重く、そして過酷なものとなるだろう。 だが、アルキデウスが命を賭して繋いだ希望を胸に、彼らは歩き続ける。 遠くそびえる天蓋山脈を目指して。その先に、アヴェリアの未来があることを信じて。
一方、遥か遠く、闇の盟約者の本拠地。
「ちっ……アルキデウスめ……」
グラハムは、苛立ちを隠せない様子で、手に持った黒律を帯びた水晶を叩きつけた。 彼の顔には、微かな焦燥の色が浮かんでいる。律動制御炉の起動を遠隔で妨害する目論見は、アルキデウスの捨て身の行動によって阻止された。
「フン、老いぼれエルフの最期の足掻きに、まんまと策を破られたか。だが……あの『鍵』は、律動の奔流を耐え抜いたな。そして、アルキデウスの言葉を信じ、厄災の元凶とやらを目指すだろう。」
バルギスは、グラハムの隣で、不快そうに腕を組んだ。
「ふん、貴様の回りくどい手で律動炉を止められなかっただけのこと。やはり力でねじ伏せるのが一番だ」
バルギスの瞳は、獰猛な光を宿している。
「奴らが天蓋山脈を目指すというのなら、こちらも用意がある。真の『律動の解放』は、そこから始まるのだからな」
グラハムは、静かに立ち上がると、窓から遥か北の空を見据えた。 その視線の先には、高くそびえる天蓋山脈のシルエットが、不気味なまでに横たわっていた。 彼の口元には、冷酷な笑みが深まる。
「リオス、リーナ、ゼノス……。せいぜい足掻くがいい。お前たちの旅路の果てには、この世界の真の『停滞』が、待ち受けているのだからな」
さて、卓上の語り部でございます。
第十四話『旅立ちの代償と、託された使命』、お読みいただき誠にありがとうございます。 アルキデウスの尊い犠牲により律動制御炉は起動し、世界に一時的な猶予が生まれました。しかし、彼の喪失は、リオス、リーナ、ゼノスの心に深い影を落とします。
それでも彼らは、アルキデウスが最後に託した『虚ろの揺り籠』のある天蓋山脈へと、新たな一歩を踏み出します。ゼノスに残された謎めいた言葉も、今後の旅路に大きな意味を持つことでしょう。
一方、グラハムは、アルキデウスの行動を計算の内としつつも、その奥底には確かな苛立ちを覗かせます。彼らが天蓋山脈へ向かうことを予見し、既に次の手を打っている様子。
新たな目的と、見えない敵の影。彼らの旅は、これからさらに厳しさを増すこととなります。
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次なる物語の展開に、どうぞご期待ください。
卓上の語り部より、敬具。




