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アヴェリア物語 〜これは、一人の青年の復讐から始まる、星の運命に抗う物語〜  作者: 卓上の語り部


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閑話 『陽光のアーチと、最初の足音』

アヴェリア大陸南部、レムリア平野の端に佇むウィスパーウッド村。 後に『厄災』と呼ばれるものの予兆が、まだ遠い天蓋山脈の奥深くで微かに震えるだけであった頃。村は、今日も変わらぬ平穏な一日に包まれていた。


「リオス! また鍛冶屋のじいさんとこ行くの? 私も薬草摘み、手伝ってほしいんだけど!」


村の広場で薬草を干していたリーナが、ぷくりと頬を膨らませて、通りかかる幼馴染に声をかける。


「悪いな、リーナ! 今日は剣のつかを直してもらう約束なんだ。それが終わったら、必ず手伝うからさ!」


リオスは快活に笑い、手を振り返す。彼の腰には、まだ父の形見である一本の古びた剣だけ。その瞳には、故郷を守るという素朴な正義感はあれど、後に宿るような復讐の炎も、世界の運命を背負う悲壮感もない。


そんな二人のやり取りを、村の入り口にある大樹の木陰から、一人の男が静かに眺めていた。 獣人族の戦士、ゼノス。 彼は数年前、村の近くで大怪我を負い倒れていたところを、村人たちに助けられた。無口で、自分の過去を多く語ろうとはしないが、その寡黙な立ち居振る舞いの中に、どこか深い傷と、だが同時に頼りになる強さを感じさせた。村長グランの依頼で村の護衛を請け負うようになってからは、村人からの信頼も厚かった。


その日の午後、村の広場がにわかに騒がしくなった。 森の少し奥にある「陽光のアーチ」と呼ばれる古い遺跡の近くで遊んでいた子供たちのうち、ティムという少年だけが、いつまで経っても戻ってこないというのだ。


「ティムが、ティムがいないの!」


先に逃げ帰ってきた子供の一人、ミナが泣きじゃくりながら広場に駆け込んできた。


「どうしたんだ、ミナ! 落ち着いて話すんだ!」

リオスが駆け寄る。


「森の奥で、大きな獣の、こ、怖い声がしたの! 私たち、みんなびっくりしてバラバラに逃げちゃったんだけど、ティムが転んじゃって……! 私、怖くて、そのまま逃げちゃったの!」

ミナは震える声で訴える。その小さな手は、恐怖で冷え切っていた。


村人たちはざわつき始めた。陽光のアーチは、古くから村の子供たちの遊び場であり、滅多に危険な獣が出ることのない場所だったからだ。


「大変だ! みんな、ティムを探しに……!」

リーナが顔を青ざめさせながら、駆け出そうとするのを、リオスが強く腕を掴んで制止した。


「待て、リーナ! もう陽が傾き始めてる。今から大人たちを集めても、日が暮れるのが先だ。それに、ティムが転んで動けないなら、下手に大勢で押し掛ければ、獣を刺激しかねない。少人数で静かに近づくのが得策だ」


リオスは、既に腰の剣に手をかけていた。彼の瞳は、真剣な光を宿している。


「俺が行く。ティムはきっと、あのアーチの影に隠れているはずだ」

「無茶よ、リオス! 一人じゃ危険すぎるわ!」

リーナの目に、不安の色が募る。


「大丈夫だ。村の森のことなら、誰よりも知ってるつもりだ」

リオスが走り出そうとした、その時。 背後から、無言のまま強い力がリオスの肩を掴んだ。 振り返ると、ゼノスがそこに立っていた。彼の目は、既に森の奥を見据えている。


「……足跡が新しい。それも、ただの狼じゃない。ミナが言う通り、もっとデカい……おそらく、森のぬしの類だ」

ゼノスは地面のわずかな痕跡を指差しながら、短く告げた。その低い声には、確かな判断力が宿っていた。 「一人で行かせるわけにはいかない。俺も行こう。二人の方が、静かに、確実に動ける」

「ゼノス……! 助かる!」

リオスは驚きつつも、すぐに感謝の笑みを浮かべた。彼の瞳に、頼れる相棒を得た安堵が浮かぶ。

「私も行くわ!」

リーナが、祖父であるグラン村長から預かった薬草袋を肩に、強い決意を秘めた声で叫んだ。

「ティムが怪我をしてるかもしれないもの! 私、薬草のことなら誰にも負けないわ!」


リオスとゼノスは顔を見合わせたが、リーナの瞳に宿る真剣な光を見て、小さく頷いた。 こうして、まだ互いを「親友」と呼ぶには早い三人の、最初の共同作業が始まった。


ゼノスが先頭に立ち、獣の足跡と、子供の小さな足跡を追う。彼の森での動きは、リオスが知るどんな狩人よりも静かで、正確だった。リオスは剣を抜き、リーナを背後に庇いながら続く。


「ゼノス、本当にそっちで合ってるのか? こっちの獣道の方が早い気がするが……」

リオスが小声で問う。

「……違う。これだ」

ゼノスは迷いなく、人すら通らぬような藪の奥へと進んでいく。

「お前の『早い』は、音がする。これじゃ、獲物は逃げるか、先制する」

ゼノスはそこで一度言葉を切り、振り返ってリオスをまっすぐ見つめた。

「ゲイル・テトラの言い伝えにある。『風に身を委ねぬ速さは、嵐に呑まれる』。急ぐな。耳を澄ませ」


ゼノスの言葉に、リオスはぐうの音も出ない。確かに、彼の歩みは静かで、風の音にすら溶け込むかのようだった。


「わ、私、この辺りの薬草なら全部知ってるんだよ! もし何かあったら、私がみんなを治してあげるからね!」

リーナが、緊張を紛らわすように、しかし自分を鼓舞するように小さな声で言った。その震える声には、恐怖と勇気が入り混じっていた。


「ああ、頼りにしてるさ、リーナ」

リオスは、かすかに震えるその背に、そっと手を添えた。


やがて、木々が開け、西日に照らされた「陽光のアーチ」がその姿を現した。苔むした古代の遺跡が、静かに、しかし威厳を持って佇んでいる。 そして、そのアーチの根元で、ティムが小さなうめき声を上げていた。彼の足は赤く腫れ上がり、動けないようだ。 その子供を庇うように、三匹の巨大な黒狼こくろうが、低い唸り声を上げて彼らを囲んでいた。彼らの眼は赤く光り、異様な興奮を宿している。


「ティム!」

リオスが叫び、狼の一匹に斬りかかる。だが、狼は素早くそれをかわし、別の個体がリオスの死角へと回り込もうとする。


「甘い!」

ゼノスが音もなくその間に割り込み、影纏いの短剣が閃く。狼の一匹が甲高い悲鳴を上げて後退した。その傷口からは、黒い液体が滲み出ている。


「リオス! 囲まれるな! リーナは子供の元へ!」


ゼノスの的確な指示が飛ぶ。彼の動きには一切の無駄がない。 リオスはゼノスと背中合わせになり、二匹の狼と対峙する。リーナはティムの元へ駆け寄り、持ってきた薬草で素早く応急処置を始めた。

だが、狼たちの動きは執拗だった。普段より明らかに凶暴で、まるで何かに操られているかのようだ。リオスの剣は重く、ゼノスの短剣は鋭いが、数で勝る狼たちを同時に相手にするのは難しい。 一匹がゼノスを狙い、猛然と飛びかかった。


「ゼノス!」


リーナが叫んだ、その瞬間。 彼女が手をかざした「陽光のアーチ」が、ティムの血とリーナの焦燥に呼応したかのように、淡い、温かな光を放った。まるで、月の光を集めて輝く宝珠のように、あるいは夜闇に咲く花のように、静かに、しかし力強く輝いた。 その光に怯んだかのように、狼たちの動きが一瞬止まる。彼らの赤い眼から、一瞬狂気が失われた。

ゼノスとリオスは、その一瞬を見逃さなかった。


「今だ!」


リオスが狼の一匹の足元を払い、体勢を崩したところに、ゼノスの短剣がもう一匹の喉元を深く切り裂く。 獣たちは、この場が不利と悟ったのか、アーチの放つ不思議な光を恐れたのか、低い唸り声を残しながら、森の奥へと散り散りに走り去っていった。


「……行ったか」

リオスは荒い息をつきながら、剣を下ろした。疲労と安堵が入り混じった顔で、ゼノスとリーナを見る。


「ティム、大丈夫!?」

リーナが泣きじゃくる子供を抱きしめる。腫れ上がった足には、既に薬草が丁寧に巻かれていた。


「……大したことはない。捻挫だけだ。それより」

ゼノスは、今はもう光を失ったアーチをじっと見つめていた。その目は、何かを探るかのように鋭い。

「今のは、何だ?」


「わからない。でも、なんだか……懐かしい感じがしたの。心臓がドキドキしたわ」

リーナは不思議そうに、アーチの石にそっと触れた。彼女の頬は、まだ少し火照っている。


ティムを村に送り届け、祖父グラン村長の元へ預けた後。 リオスは疲労困憊で自宅へ戻り、ゼノスは村の外れにある自身の小屋へ、リーナも自宅へと足を向けた。

だが、三人の心には、あの「陽光のアーチ」が放った光の残像が焼き付いていた。


夜が深まる頃。 リオスは、どうしてもあの光景が頭から離れず、再びアーチへと足を向けていた。

「一体、あれは何だったんだ……?」

誰もいない遺跡で、一人、その謎と向き合いたかった。


すると、アーチの影から、静かに現れる人影があった。

「……リオスか」

ゼノスだった。彼の瞳は、暗闇の中でも鋭く光っている。

「やはり、気になるか」


「ああ。まさかゼノスも来てるとは思わなかったけどな」

リオスは苦笑した。


その時、遠くから小さな足音が近づいてくる。

「リオス! ゼノス! やっぱりここにいたんだ!」

リーナだった。彼女の手には、村長から借りてきたのか、古びたランタンが揺れている。

「私、どうしても気になっちゃって……。あのアーチ、やっぱり何か特別な場所なんだわ!」


三人は、再び「陽光のアーチ」の下に集まった。 夕日が完全に沈み、代わりに月光がアーチの隙間から差し込み、三人の影を静かに照らしている。


「まさか、こんな風に揃うとはな」

リオスが、アーチの柱に背を預けながら言った。疲労の色は濃いものの、どこか楽しげだ。


「……これも、運命か」

ゼノスは相変わらずぶっきらぼうだったが、その口元にはかすかな笑みが浮かんでいた。


「ふふ、ねえ、みんな。また何か変なことがあったら、また私を呼んでね! 私、みんなと一緒なら、なんだか怖くないんだもの!」

リーナが、満面の笑みを浮かべて二人の顔を見上げる。その瞳は、暗闇の中でも輝いていた。


リオス、ゼノス、リーナ。 まだ知る由もない。 この穏やかな日常が、やがて炎によって焼き尽くされることも。 このアーチが示す遥か東の賢者の塔へと、世界の運命を背負って旅立つことになることも。

だが、この「陽光のアーチ」の下で芽生えた三人の絆は、確かに、彼らの未来を照らす最初の光となったのだ。


挿絵(By みてみん)


さて、卓上の語り部でございます。


ここまで閑話『陽光のアーチと、最初の足音』にお付き合いいただき、誠にありがとうございます。 本編では、世界の真実を巡る壮大な旅路を描いておりますが、時にはこのように、物語の根底にある彼らの日常や、絆が芽生えた頃のささやかな出来事を振り返るのも、また一興かと存じます。


リオス、ゼノス、リーナ。 まだ若く、それぞれが背負う運命の重さを知らなかった頃の彼らを描くことで、読者の皆様には、ウィスパーウッド村の温かな光と、それがやがて非情な運命へと飲み込まれていく様を、より深く感じていただけたならば幸いです。

そして、この閑話で描かれた「陽光のアーチ」の輝き。それは、後の物語でリーナが目覚める『古の力』の、ごくごく初期の片鱗。彼らがその謎に触れた最初の瞬間でもあります。彼らはまだその意味を知らず、ただ不思議な出来事として心に留めただけ。この素朴な疑問が、やがて世界を揺るがす真実へと繋がる、その序章をお楽しみいただけたならば、語り部としてこれ以上の喜びはございません。


さて、この『アヴェリア物語』は、本編の他に、様々な形で世界を深掘りしていく予定でございます。

その内容については、私の卓上である「Table Talker's Log」に投稿してまいります。


Table Talker's Log

https://tabletalker.info/2025/11/02/avelia-invite/


今後は、まだ本編では語りきれていない『アヴェリアの世界設定』に関する詳細な解説も、皆様にお届けする準備を進めております。大陸の地理や歴史、そこに息づく文化や伝承、そして各国の思惑など、物語をより深く味わうための知識を、静かに、しかし丁寧に紐解いていくことでしょう。 また、物語を彩るキャラクターたちの詳細な設定や、彼らが手にする武器の背景など、本編では描ききれない細部に至るまで、この卓上で皆様にご紹介してまいりたいと存じます。

これらの情報が、アヴェリアの世界を旅する皆様の助けとなり、物語をより豊かにする一助となれば幸いです。


長くなりましたが、皆様の『アヴェリア物語』へのご期待と、温かい応援に心より感謝申し上げます。 それでは、また次なる物語の卓でお会いいたしましょう。

卓上の語り部より、敬具。


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