第百一話『三律の共鳴、神の鎧を穿つ刃』
アイゼン・ドゥームの最上層ドーム。 リオスの「俺たちの世界を返してもらう」という咆哮が終わるか終わらないかの刹那、ゼフィアンの姿が掻き消えた。
「――遅い」
背後。 冷酷な声と共に、白紫の光を纏った大剣が、リオスの脳天へと無慈悲に振り下ろされる。 星の理そのものを断ち切るような、神速にして不可避の一撃。
「ッ……!」
だが、リオスは振り返ることなく『星喰の剣』を背面に掲げ、その一撃を真っ向から受け止めた。
ガァァァァンッ!!
空間が悲鳴を上げ、リオスを中心とした次元そのものが激しく軋む。 通常であれば、衝撃だけでリオスの全身の骨が砕け散っているはずの質量。しかし、リオスの足は一歩も退いていなかった。
「……ほう」
ゼフィアンが僅かに目を細める。 リオスの背中には、ゼノスの放った『影』が何重にも巻き付き、ゼフィアンの斬撃の「位相」をわずかにずらし、その致死の威力を虚空へと霧散させていたのだ。
「……目(視覚)など、とうに捨てている。あんたの殺気は、影よりも雄弁だ」
ゼノスが地を蹴り、ゼフィアンの死角へと潜り込む。 そのまま『影纏いの短剣』を逆手に持ち、神々しい黒鋼の鎧の関節部へと鋭い斬撃を見舞った。
「小賢しい!」
ゼフィアンが背中の六枚の光翼を羽ばたかせ、空間を断ち切る『反律動』の刃を全方位に放った。 触れれば存在ごと消滅させられる、漆黒の斬撃の雨。だが、その刃が三人に届く直前、柔らかな青白い波紋が空間を覆い尽くした。
「させない……! 『Scutum Stellare』!」
リーナが心珠を掲げ、純粋な律動の障壁を展開する。 反律動の刃は障壁に触れた瞬間、ジュワッと音を立てて相殺され、無害な光の粒子となって霧散した。
「防ぐだけではないな。……私の力を還元し、己らの律動へと変換しているのか」
ゼフィアンが大剣を薙ぎ払い、一度距離を取る。 彼の言う通りだった。リーナの障壁で防いだエネルギーは、彼女の『導き手』としての力で純粋な律動へと変換され、光の帯となってリオスの右腕へと注ぎ込まれている。
注ぎ込まれた莫大な熱量を、リオスの右腕(器)が受け止める。 暴走しかけるその負荷を、ゼノス(抑制者)の影が冷却水のように包み込んで制御し、最適な波長へと整える。 そして、その完璧に調律された力が、『星喰の剣』の切先へと収束していく。
これこそが、賢者の塔でアルキデウスが語り、エリアスが見出した古代の最終理論の体現。 『星を紡ぐ原液』を欠きながらも、三人の命が互いを補い合うことで強引に形を成した、『律動の再誕』の疑似形態だった。
「……驚いたよ。不揃いな欠片を寄せ集めて、まさかこれほどの出力に耐えるとはな」
ゼフィアンは白紫の大剣を肩に担ぐように構え、初めて微かに口角を上げた。
「だが、所詮は不完全な命の寄せ集め。世界の理を上書きしたこの私に、その不協和音がどこまで届くか……試させてもらおうか!」
ゼフィアンが再び踏み込む。 今度は単なる剣撃ではない。彼が取り込んだ『虚ろ』の泥と、『星を紡ぐ原液』の極光が混ざり合った、次元を消去する巨大なエネルギーの渦が大剣に纏いついていた。
「来るぞ、リオス! 全部、剣に回す!」
「ああ、頼むゼノス、リーナ!」
リオスが剣を上段に構える。 右腕の黒い結晶が限界を超えて軋みを上げるが、ゼノスの影がそれを強引に繋ぎ止め、リーナの祈りが痛みを光へと変える。
「オオオオオオッ!!」
「滅べ、旧世界の残滓よ!!」
星を喰らう青白い一閃と、星を初期化する白紫の暴風。 二つの規格外の力が、ドームの中央で真正面から激突した。
ドゴォォォォォォォォォンッ!!!
アイゼン・ドゥームの最上層が爆発的に発光し、眼下の海が衝撃波によって巨大なすり鉢状に割れる。 力の拮抗。 いや、僅かにゼフィアンの『反律動』がリオスたちを押し込み始めていた。
「……やはり、届かんか。お前たちの絆がいかに強かろうと、星の全排熱を背負ったこの私の『絶望』の質量には敵わん!」
ゼフィアンがさらに力を込める。リオスの足が後ろへ滑り、剣を持つ腕から鮮血が噴き出した。
「リオス!」
リーナが悲痛な叫びを上げる。
「くそっ……重てぇ……! けどな……!」
リオスは血を吐きながらも、決して瞳の光を絶やさなかった。
「あんたがたった一人で背負い込んだ『絶望』の重さだっていうなら……俺たちの『希望』は、今まで出会ってきた全員の想いの重さなんだよッ!!」
その瞬間、リオスの脳裏に、知識を与えてくれたテオドール、王都で言葉を交わした人々、里の未来を憂う長老、そして今も下層で命を削って道を繋いでいるエリアスとヴァラの姿がよぎった。
『――不完全なままでいい。それを繋ぎ合わせるのが、お前たちの強さだ』
賢者アルキデウスの声が、幻聴のように三人の心に響き渡る。
「ゼノス! リーナ!」
「ああ。今更、余力を惜しむつもりはない……俺の影を全部、お前の剣に喰わせろ!」
「私の律動も、すべてをリオスに!」
ゼノスが自身の足元はおろか、ドーム内に落ちるすべての影を『星喰の剣』へと収束させ、リーナが心珠の光の限界を超えて律動を注ぎ込む。 三人の命そのものを薪にして、青白い光が、かつてない眩さで爆発的に膨れ上がった。
「な……!?」
ゼフィアンの目に、初めて驚愕の色が浮かぶ。 計算式には存在しない、限界値を超えた異常な出力。不完全な命が共鳴することで生まれる、システムの枠外の「奇跡」。
「これで……終わりだァァァァァッ!!」
リオスが渾身の力で剣を振り抜く。 青白い一閃が、ゼフィアンの白紫の暴風を真っ二つに切り裂き、そのまま彼の胸元へと吸い込まれた。
パァァァンッ!!
神の如き威容を誇っていた黒鋼の鎧が、凄まじい音を立てて砕け散る。 ゼフィアンの巨体が宙を舞い、透明な床を派手に削りながら後方へと吹き飛ばされた。
「……がはッ……!」
ゼフィアンが膝をつき、口から赤い血を吐き出す。 光の粒子や律動の残滓ではない、彼がまだ血の通う「人間」であることを証明する、生々しい鮮血だった。
「親父……!」
ゼノスが荒い息を吐きながら、短剣を下ろす。
静寂が包むドーム。 三人の『不完全な調和』が、神を騙ったシステムの鎧を、ついに打ち砕いたのだ。 だが、膝をついたゼフィアンは、自らの血を見て、狂気と歓喜が入り混じったような笑い声を上げ始めた。
「……ククッ……ハハハハハッ!!」
彼はよろめきながら立ち上がり、砕けた装甲の奥で渦巻く『虚ろ』を剥き出しにしたまま、頭上の空を指差した。
「見事だ、息子よ。そして希望の継承者ども。私の鎧を砕くとはな。……だが、星の初期化は止まらん。見ろ!」
三人が天を仰ぐと、赤く燃える空を突き破り、巨大なクレーターの影がドームの目と鼻の先まで迫っていた。 『砕かれた月』。 それはもう、単なる降下ではない。要塞アイゼン・ドゥームを直接押し潰し、星の地殻に致命的な一撃を加えるための、システムによる「物理的な粛清」だった。
「月が……落ちてくる……!」
リーナが絶望に顔を青ざめさせる。
「この星の終焉は、もう私にも止められん」 ゼフィアンが白紫の大剣を再び握り直す。その肉体は鎧を失い、強すぎる虚ろの力に耐えきれず、内側から崩壊を始めていた。
「さあ、終曲だ。お前たちのその光で、落ちてくる月ごと、この私を完全に消滅させてみせろ!!」
タイムリミットは数分。 崩壊していく破壊神と、月を止めるための、本当のラスト・バトルが幕を開ける。
卓上の語り部でございます。
第百一話『三律の共鳴、神の鎧を穿つ刃』をお届けいたしました。
「器、導き手、抑制者」という三人の完璧な連携が描かれました。 ゼノス(抑制者)の影が冷却水のように包み込んで制御し、リーナの光が力を変換し、リオスがそれを撃ち出す。触媒を欠きながらも命の共鳴でそれを補った「不完全な律動の再誕」が、神の如きゼフィアンの絶対的な力を凌駕し、ついにその鎧を打ち砕きました。
しかし、絶望は終わっていません。 鎧が砕け、自身の命が尽きかけているにも関わらず、ゼフィアンは笑い声を上げました。空からは、星を初期化するための物理的手段である『砕かれた月』が、要塞の頭上まで迫っています。
「月ごと自分を消滅させてみせろ」と叫ぶゼフィアン。 大気圏を突き抜ける月との衝突を前に、リオスたちはいかにしてこの世界を繋ぎ止めるのか。
最終決戦もいよいよ大詰め。最後まで、どうか彼らの戦いを見届けてください。
P.S. 本作の世界観設定や用語解説などは、Webサイト「Table Talker's Log」にて随時更新しております。 https://tabletalker.info/category/avelia/
卓上の語り部より、敬具。




