第九十九話『跳躍の果て、崩壊する世界の海』
カルデラの地下に隠されていた転送門『律動の回廊』は、天蓋山脈の激しい震動に耐えかねたように、悲鳴に似た駆動音を上げていた。
「急げ! ゼフィアンが持ち去った『虚ろ』の余波で、この転送門の制御機構も崩壊し始めている!」
エリアスが円盤のコンソールを激しく叩きながら叫ぶ。 転送の要であるゼノスの影とリーナの光を流し込んでも、座標の固定がかつてないほど不安定に揺れ動いていた。
「……フン、このポンコツが。私の一族が数千年守ってきたんだ、あと一回くらい意地を見せろ!」
ヴァラが自身の曲刀の柄をコンソールに叩きつけ、強引に風の律動を注ぎ込む。 緑色の光がバチバチと火花を散らしながら、円盤の周囲に辛うじて転送の膜を展開した。
「リオス、掴まれ!」
ゼノスが叫び、五人は折り重なるようにして光の渦へと飛び込んだ。
直後。 背後で凄まじい爆発音が響き、カルデラの地下施設が完全に崩落する音が、白い光の中に吸い込まれていった。
…… …………
「がはっ……!」
肺の中の空気をすべて吐き出されるような、強烈な吐き気と浮遊感。 リオスが顔を上げると、そこは、彼らが今まで歩んできたどの大地とも違う場所だった。
「……ここは、海……?」
リーナが呆然と呟く。 見渡す限りの広大な水鏡。だが、その水面は異常なほど波立たず、まるで黒曜石の板のように滑らかだった。庭師のシステムによるものか、海という流体そのものが物理的に『硬い床』として固定されているのだ。 そして、その海の中心、遥か彼方に、天を突き刺すような巨大な黒鋼の建造物がそびえ立っていた。
「あれが……『アイゼン・ドゥーム』。星渡りの庭師が遺した、最後の調整施設……」
エリアスが、恐怖と畏敬の入り混じった声で呟く。 島という表現は正確ではなかった。海そのものを基盤とし、星の地殻から直接生え出たような、幾何学的で無機質な巨大要塞。エルフの遺跡が持つ自然との調和など微塵もない、純粋な「管理」のためだけのシステムだった。
「……おい、空を見ろ」
ゼノスの声に、全員が天を仰いだ。
「なんだ、あれは……!」
リオスが息を呑む。 空が、燃えていた。 ただの比喩ではない。空を覆っていた紫色の淀みが渦を巻き、大気そのものが摩擦熱で赤く発光し始めている。 そして、空の頂点に浮かぶ「砕かれた月」。 かつては静かに冷たい光を放っていたその岩塊の破片が、今はドクンドクンと不気味な脈動を繰り返し、この星の大地に向かってゆっくりと、だが確実に「降下」を始めていた。
『――警告。庭園区画A-V-E-L-I-A、深層部にて致命的なシステムエラーを確認。』
空間そのものを震わせる、極めて無機質で感情のない巨大な『声』が、海から、空から、全方位から響き渡った。
「な……なんだ、この声は!」
『――これより、防衛プロトコルを最終段階へ移行。庭園区画アヴェリアの、全領域フォーマット(初期化)を開始します。』
「……フォーマット。つまり、この星の地殻を剥がし、海を蒸発させ、全ての生命をデータごと消去する……『終わりの合図』ということです」
エリアスが、自身の足が震えるのを抑えながら言った。
「ゼフィアンの野郎……本当に、全部ぶっ壊す気かよ!」
リオスが『星喰の剣』を強く握りしめる。 右腕の結晶が、空の異変に呼応して赤く燃え上がっていた。だが、リオスの瞳にあるのは「虚ろ」の暴走への恐怖ではなく、理不尽なシステムへの激しい怒りだった。
「アヴェリアがなんだ! 何が『箱庭』だ!!」
リオスの咆哮が、黒い海を渡って巨大な要塞へと響く。
「俺たちが育った村も、先生が調べた歴史も、ゼノスやヴァラたちが守ってきた誇りも……お前らが作ったただの箱庭だったのかもしれねぇ。だけどな! そこで生きて、泣いて、笑って、血を流してきた俺たちの命は、誰の『もの』でもねぇんだよッ!!」
彼は剣を天高く掲げた。 初期化の赤い光が海を染め上げる中、青白い一筋の輝きが、彼らの現在地を確かに主張していた。
「……あそこへ行くぞ。親父をぶっ飛ばし、このイカれたシステムを止める」
ゼノスが立ち上がり、短い影を自身の足元に引き寄せる。
「ええ。私たちの未来は、システムなんかに奪わせないわ!」
リーナが心珠を強く握りしめ、真っ直ぐに前を見据えた。 ヴァラが二本の曲刀を抜き、エリアスが杖を強く握り直す。
五人の不完全な、しかし決して折れることのない「共鳴」が、アイゼン・ドゥームを前にして、システムへの明確な反逆の意志として輝いた。
「行くぞ!」
鏡のように固まった海面を蹴り、一行は黒鋼の要塞へと真っ直ぐに駆け出す――。
崩壊する空と、迫り来る月の落下。 絶望的なタイムリミットの中、一行は黒鋼の要塞――最終決戦の地へと足を踏み入れる。
卓上の語り部でございます。
第九十九話『跳躍の果て、崩壊する世界の海』をお届けいたしました。
ついに到達した最終決戦の地、アイゼン・ドゥーム。そこで彼らを待っていたのは、ゼフィアンの狂行と、それに伴う庭師のシステムによる「世界の強制終了」の宣告でした。 自分たちの世界がただの管理区画であったという冷酷な事実。しかし、リオスはそれを跳ね除け、「自分たちが生きてきた世界」であることを高らかに叫びます。この場面は、与えられた運命からの自立であり、彼らが真の英雄へと昇華した瞬間でもあります。
星の初期化、そして月の落下という絶対的なタイムリミットの中、最深部で待ち受けるゼフィアン。 次回、父と子、そして世界の形を巡る、アイゼン・ドゥーム内部での最終決戦の幕が上がります。
どうぞ、彼らの最後の戦いを熱く見守ってください。
P.S. 本作の世界観設定や用語解説などは、Webサイト「Table Talker's Log」にて随時更新しております。 https://tabletalker.info/category/avelia/
卓上の語り部より、敬具。




