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アヴェリア物語 〜これは、一人の青年の復讐から始まる、星の運命に抗う物語〜  作者: 卓上の語り部


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第九十六話『白銀の絶壁、歪んだ調律の響き』

 ストーンクリークの北門を越えた先は、もはや生命を拒絶する極寒の監獄だった。 切り立った絶壁に挟まれた狭隘な雪渓――かつてリオスたちが魔狼アイス・クロウを討ち果たしたあの場所を、一行は今、再び踏みしめていた。


 だが、あの時とは空気が違う。天蓋の奥底から吹き出す「虚ろ」の澱みが、大気の循環を強引に停止させ、雪煙の中に紫色の放電が絶え間なく明滅していた。


「風が……くことすら許されず、凍りついている。我らゲイル・テトラの地を、これほど醜悪な外法で縛り付けるとはな」

 ヴァラが二本の曲刀を構え、周囲の異常な「静寂」に対して激しい嫌悪感を露わにする。 その言葉に応じるように、一行の周囲の空間が、鏡にヒビが入るような音を立てて歪んだ。


「……計算通りの座標だな。逃げ場を探す手間が省けて重畳だ」

 冷徹な、知性を剥き出しにした声。 折り重なるように歪んだ空間から、黒い法衣を纏った男――グラハムが、静かに姿を現した。


「……グラハム! やはり、あなたも盟約者に与していたのですね」

 エリアスが驚愕と苦渋の入り混じった声を上げる。


「先生、知り合いなのか!?」

 リオスが剣を構えたまま問うと、エリアスは忌々しそうに頷いた。


「ええ。彼は私と同じ、エルヴィン先生の教え子……かつて王立研究院で最も優秀と呼ばれた男です」

「フン……相変わらず凡庸な男だ、エリアス。私は無能な組織を見限り、この世界の真理に最も早く辿り着いたまでだ」

 グラハムは冷笑を浮かべた。 そして彼の隣には、ボロボロになったウサギのぬいぐるみを引きずり、雪の上を素足で踏みしめる少女・リリィが立っていた。


「あは……あはは……! 見つけた。ねえリオス、リリィの胸、まだうるさいの。壊したら……あんたをバラバラに壊したら、静かになるかなぁっ!!」

 リリィの瞳には、かつての無邪気な残虐さはなく、敗北の屈辱に焼かれた狂信的な執着だけが渦巻いていた。


「グラハム、リリィ……! ここが最後の関所ってわけか」

 リオスが『星喰の剣』を抜き放ち、前に出る。


「『関所』だと? ククッ……貴様らはまだ、この世界を旅しているつもりなのか。ここは不要なデータを消去するための、ただの『廃棄処理場』に過ぎん」

 グラハムが星晶銀の杖を振ると、雪渓の座標データが可視化されるように、幾何学的な光の格子が空間を覆い尽くした。 彼が杖を地面に突き立てると、かつてテオドールが語っていた強力な自然の障壁「山の息吹」が、黒律によって強引にハッキングされ、猛烈な圧力を持った「圧殺の旋風」へと変貌した。


「重力固定。空間座標の強制収束。……貴様らは、システムの最適化を妨げる致命的な変数だ。ここで塵へと還してもらおう」

 全方向から迫る氷の飛礫と、空間ごと押し潰さんとする絶望的な重圧。 だが、エリアスが一歩前に出た。


「グラハム……! あなたの計算は美しいが、致命的な欠陥がある。あなたは世界を単なるシステムだと見下し、そこに生きる不確定な命の熱を切り捨てた!」

 エリアスは自ら改造した『導律共鳴器』を起動した。 リオスの右腕、ゼノスの影、そしてリーナの心珠。三つの波長が導律武器を通じて編み上げられ、不規則に脈動する「絆の揺らぎ」を戦場に解き放つ。


「なっ……エリアス! その装置、エルヴィンの理論を貴様が独自に組み上げたというのか!? この私ではなく、お前のような凡物が!」

 グラハムの顔に、初めて個人的な憎悪が浮かぶ。同じ師を仰ぎながら、片や自らを冷徹なことわりの管理者とおごり、片や不完全な人間の絆を信じる者。相容れない二人の学者の矜持きょうじが、戦場に知と信念の火花を散らした。


「エルヴィン先生の意志は、私が継いでいます! あなたの完璧な数式は、決して一つに定まらない私たちの『生命の揺らぎ』を計算できない!」

 エリアスの回路が三人の鼓動を増幅し、グラハムの構築した幾何学模様を、生命のパルスが内側から食い破っていく。


「あぁぁああッ! リオス、壊れろ、壊れろぉぉぉっ!!」

 制御を乱されたことに激昂したリリィが、ぬいぐるみを捨てて跳躍した。 その両手に宿るのは、グラハムの計算すらも無視して肥大化した、どす黒い重力の闇。 同時に、グラハムは地形そのものを操作し、雪渓の壁面を崩壊させてリオスたちを埋め尽くそうとする。


「させるかッ! 風よ、不遜な岩塊を押し戻せ!」

 ヴァラが鋭く叫び、曲刀を旋回させた。 彼女が操るゲイル・テトラの風が、崩落する岩肌を受け止め、一瞬の猶予を生み出す。


「ゼノスさん、今です!」

 エリアスの叫びに、ゼノスが低く応えた。


「ああ、ここは俺の故郷だ。……風の通りパスは、身体が覚えている!」

 ゼノスが『影纏いの短剣』を一閃させた。 彼が斬ったのは岩ではない。グラハムが「山の息吹」を操るために繋いでいた、目に見えない黒律の供給線だ。 奥義『影絶ち』。 歪められた風の接続を断ち切られたことで、地形操作の術式が崩壊し、岩塊はグラハムの足元へと虚しく降り注いだ。


「馬鹿な……!? 貴様、この山脈の理をその手で掌握したというのか!」

「掌握じゃない。……寄り添ってるだけだ」

 ゼノスが冷徹に告げ、影をバッファとして展開する。


「器、導き手、抑制者……三つの役割と、先生の知恵。そして一族の風。これらが噛み合った俺たちの『音』は、あんたの耳には届かないだろうな」

 リオスの青白い一閃と、リリィの黒い重力が激突し、吹雪の中に巨大な光の渦が発生した。


 天蓋山脈の雪渓。 完璧な支配を求める調律師と、不完全なまま未来を掴もうとする五人。 天蓋山脈の最深部へと続く最後の追撃戦が、今、極限の熱量を帯びて加速する。

卓上の語り部でございます。

第九十六話『白銀の絶壁、歪んだ調律の響き』をお届けいたしました。


グラハム・リリィ戦の開幕。今回は、アルキデウスが託した「不完全な希望」というテーマを、エリアスの知略戦とリオスたちの連携に色濃く反映させました。 エリアスとグラハム。かつての兄弟弟子が、師エルヴィンの遺産と自らの思想を懸けて激突するシーンは、物語の大きな節目となります。


そして、一族の風を使いこなしてサポートに回るヴァラと、その隙を逃さず「影絶ち」を叩き込むゼノス。五人の絆が、グラハムの冷徹なシステムを内側から崩壊させていきます。


次回、完璧な計算と不完全な共鳴が激突する、雪渓の激闘は予測不能な領域へと突入します。 どうぞ最後まで、彼らの激闘を見届けてください。


P.S. 本作の世界観設定や用語解説などは、Webサイト「Table Talker's Log」にて随時更新しております。 https://tabletalker.info/category/avelia/


卓上の語り部より、敬具。

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